「富岳」の正体③ 富岳の「使いやすさ」は米中スパコンを圧倒――性能ランキング「TOP500」創始者に訊く
スパコンの用途は移り変わっている
─かつてのスパコンは主に軍需や学術用に使われましたが、最近は産業用に使われることが多くなったと聞きます。この辺りを少し詳しくご説明いただけないでしょうか。
「軍需と学術、産業」というより、我々はむしろ「リサーチと学術、産業」といった分類をしています。かつては「リサーチ」と「学術」を合わせて世界のスパコン利用全体の約六割を占めていましたが、確かに今ではそれが逆転して「産業」が約六割を占めています(図2)。
逆転した理由は、産業界がスパコンをビジネスに導入することの価値に気付いたからでしょう。たとえば「航空機の空力設計」「量子化学」「材料研究」「データマイニング」「ノイズ削減」など数え切れないほどの用途があります。最近は特に「ディープラーニング」などAI分野でスパコンの利用が活発になっていますね。
─スパコン開発は今、次世代のエクサ・スケール(毎秒一〇〇京回の科学技術計算を行う能力)へと突き進んでいます。このエクサ級の性能を実現する際の課題は何ですか。
多くの課題がありますが、その一つは「消費電力の抑制」です。富岳の消費電力は約二八メガ・ワットですが、仮にこれと同じ技術でエクサ・スケールのスパコンを作るとすれば、その消費電力は二〇〇メガ・ワットにも達してしまうでしょう。
ちなみに一メガ・ワットの電力消費量をお金に換算すると年間約一〇〇万ドル(約一億円)になります。つまり二〇〇メガワットのスパコンは年間約二億ドル(約二〇〇億円)の電気料金を請求されることになりますから、これは現実的とは言えませんね。ですから、是が非でも消費電力を抑える必要があります。
─エクサ・スケールのスパコンで、何ができるようになるのですか。
現時点で確実に言えることは、スパコンによるシミュレーションは現代科学における(理論、実験と並ぶ)第三の柱であり、「気象予測」や「新型エンジンの開発」、あるいは「銀河の衝突の研究」など多彩な領域で必須の存在になっていることです。エクサ・スケールのスパコンはこれらの研究開発を次の段階へと押し上げるものなのです。
─スパコンは近い将来、どのような方向に進化していくと思いますか。
異なる社会のニーズに向けて、異なる種類のプロセッサーを搭載する方向に進化していくでしょう。汎用的な数値計算を担当するCPU、あるいはAI処理用の脳を模倣したニューロモーフィック・プロセッサー、ひょっとしたら量子計算用の特殊なアクセラレータ(加速部)なども開発され、これらが一台のスパコンにまとめて搭載される時代が来るかもしれません。これによって細分化する社会のさまざまな用途に対応した、まさにスーパーコンピュータの名に相応しい計算機が生まれるでしょう。
このインタビュー記事は簡略版です。完全版は小林雅一著『「スパコン富岳」後の日本』(中公新書ラクレ)でご覧いただけます。
〔『中央公論』2021年1月号より抜粋〕
小林雅一
世界一に輝いた国産スーパーコンピュータ「富岳」。新型コロナ対応で注目の的だが、真の実力は如何に? 「電子立国・日本」は復活するのか? 新技術はどんな未来社会をもたらすのか? 莫大な国費投入に見合う成果を出せるのか? 開発責任者や、最前線の研究者(創薬、がんゲノム医療、宇宙など)、注目AI企業などに取材を重ね、米中ハイテク覇権競争下における日本の戦略や、スパコンをしのぐ量子コンピュータ開発のゆくえを展望する。
テネシー大学計算機科学科 特別栄誉教授。
【聞き手】
◆小林雅一〔こばやしまさかず〕
KDDI総合研究所 リサーチフェロー。
1963年群馬県生まれ。東京大学理学部物理学科卒業。同大学院理学系研究科を修了後、東芝、日経BPなどを経てボストン大学に留学、マスコミ論を専攻。慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所などを経て現職。『AIの衝撃』『AIが人間を殺す日』など著書多数。