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鈴木涼美 夜のオネエサンのお金事情、財布に800円でも嗤える明るさ(内田百聞『大貧帳』を読む)

第4回  夜のオカネと昼のオカネ(内田百聞『大貧帳』)
鈴木涼美

オカネがないと途端にどん底になる昼職、オカネがなくてもなんとなくハッピーな夜職

 その代わり、会社員だったらありえないほどオカネに汲々としていたり、借金まみれで所持金が1000円にとどかないような事態であったりしても、何となく笑える気楽さがあります。もちろん、相対的に若い人が多い業界であるから、若さゆえの傍若無人はあるのでしょう。ですがそれ以上に、だらしなさや貧しさに対して深刻な罪悪感や悪びれのようなものを持たずに済むという性質が、どういうわけか夜の世界にはありました。郵便受けにはそこそこ重要な役所の書類が数ヵ月入れっぱなしになっていて、税金や保険料はもはやどこまで払ってどこからが取り立てられているのかもよくわからず、財布には800円しかなくても、たまたま引き出しに封筒に入った1万円でも見つかろうものならそのオカネにウキウキしてパチンコ店にかけ込めるような、そしてそれが30分で全部なくなっても、そもそもあることを忘れていた1万円だから30分楽しめたぶん得したと思えるような、根拠のない明るさがあります。これが昼職会社員であれば、給料日より前に所持金が800円だと社会や自分への嫌悪感やどうやって生きていこうという不安に苛まれるのだから不思議なものです。

 で、冒頭の貯金がない話でも、貯金のないAV嬢というと、大金手に入っただろうにだらしないな、しかし水物のオカネって身につかないものよね、という程度なのに対して、大きい企業の社員で貯金ゼロというと何か怪しい事情と悲壮感を纏ったような印象を持たれるようです。いずれにせよ、オカネがあれば安定してハッピーだけどオカネがないと途端にどん底になる昼と、オカネがあってもどこか満たされないけどオカネがなくてもなんとなくハッピーな夜と、どちらが好きかと言われれば、元来だらしない性格の私は後者を贔屓してしまいます。別に、多くの若者に昼ではなく夜に羽ばたけと言いたいわけではなくて、どちらかと言えば幸運をしみじみと後押ししてくれるものよりも、不運に寄り添ってくれるものの方が心強いと思うからです。夜職でオカネがないと言うのは、本当になくて、しかもその理由も結構どうしようもないことが多い。昔私が同棲していたホストクラブの経営者のもとにほぼ一文なしのトウのたったホストが訪ねてきて、どうしても引っ越し費用が10万足りなくて路上生活になってしまうと言うので彼が10万円を貸したら、その日の夜にはそのオカネが裏スロットで1円残らず吸い込まれていたというようなことがありましたが、そんな話は笑話としてその辺に転がりまくっていました。

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