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鈴木涼美 夜のオネエサンのお金事情、財布に800円でも嗤える明るさ(内田百聞『大貧帳』を読む)

第4回  夜のオカネと昼のオカネ(内田百聞『大貧帳』)
鈴木涼美

不運と不幸、幸運と幸福は全く性質の違うもの

 オカネについて人が語るのを聞くと、大きく分けて「オカネじゃない価値こそ大事」という話と「綺麗事は言っていられない、オカネは大事だ」と言う話の二通りに集約されるものばかりで、少々退屈に思うことがあります。はたして内田百聞のスタンスは後者の様でもあり前者の様でもあり、どちらにも回収されない様でもあるわけです。恨みがましくもなく、かといって罪悪感も自己嫌悪もなく、現代の感覚では偉そうですらあって、突き放しながらオカネについて淡々と描き続ける。

 私が、オカネについて何かネガティブな気分でいるとして、救ってくれるものがあるとすれば、彼のそんな文体であるような気がするのです。カネカネ言いながらもカネによって心の有り様が変わらない彼の生活は、不運と不幸にはあまり相関性がなく、幸運と幸福もどうやら全く性質の違うものだということを示してくれる気がするからです。

 「お金はなくても腹の底はいつも福福である」なんて強がるけれど、そうそう一貫して無頓着だとか割り切っているわけではなく、恩師である夏目漱石の軸を売らなくてはならないほど追い詰められたときには「心中にも耐え難いものがある」と言います。「しかし、これを以て米塩に代え、一家が活路を見出す迄の日を過ごさして戴いたとすれば、恐らくは、願わくば先生も許されるだろう」と、割とすぐ気も取り直す。そしてようやくちょっとオカネに余裕ができたタイミングでなんとか軸を取り戻し「もう決して人手には渡すまい」とか言うわりに、今度はまた別のところに売ってオカネを作ってしまうくだりもありました。学生時代から買いためた蔵書を差し押さえられた折にも「考え込むと惜しくて堪らないが、また気をかえて見ると、さっぱりした様にも思われる」なんて、瞬時にせいせいした気分になっていることもあります。貸し借りそのものや高利貸しなどについても文字が割かれ、汲々としている割にはフェアな気分が窺えます。

 要はオカネがないということを延々と書いているのだけど、ギリギリのところでそのオカネに取り込まれない。どうしてか、オカネと共に魂や活力を失うことはしないのです。私はまさにそこが、あの、夜の世界の魅力の一つでもある、不運を嘆きつつ嗤うような性質に繋がるような気がするのです。嗤うということは自分の不運を許すことでもあります。不運であることを許せないと、実際に不運なことが起きたら、途端に不幸になってしまいますが、不運を抱えられる胆力があれば、不幸になるかどうかはその後に決められる。

 昼の職にいたときに感じた、オカネについてやや不自由な気分というのは、結局は比較的安全な場所にいる人というのは不運に対して許せる器量が目減りするという事実に依っているのではないかと思うのです。自分の不運を許せない人は他人の幸運を許せない人でもあり、そういう人に囲まれているとズルいとか羨ましいというのが自分の本来の気分よりも優先されて頭の中に浮かぶ様になるので、単に自分が不幸になりやすいだけではなく、他者に攻撃的になる場合も増える気がします。

 ちなみに私は、自殺した数多の文学者よりも、高齢まで生き抜いた作家たちに美しさを感じるところがあって、内田百聞のそのフェアなスタンスと、彼が81歳で老衰で死ぬまで生きたという事実はどこかリンクするような気もしています。

鈴木涼美
1983年東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業、東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。修士論文が『「AV女優」の社会学 なぜ彼女たちは饒舌に自らを語るのか』のタイトルで書籍化される。卒業後、日本経済新聞社を経て、作家に。著書に『身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論』『おじさんメモリアル』『オンナの値段』『ニッポンのおじさん』など。
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