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鈴木涼美 本能が壊れた後に、男女の性は分かりあえるか(岸田秀『性的唯幻論序説 改訂版』を読む)

第5回 たかが一度や二度のセックス(岸田秀『性的唯幻論序説 改訂版「やられる」セックスはもういらない』)
鈴木涼美

男女が同時に満足するのはもともと無理

 わからないことをわからないままにしておいたら得なことというのが確かにあることを私は否定はしません。男の論理など知ったこっちゃないと言って、しかしこちらから見て単純にすら見える男の性質を理解したつもりになって、こちらはこちらの勝手な都合でセックスで安心感を得たりオカネを得たり自分をイイオンナだと思い込んだりオジサンを味方につけたりして、私も生きてきました。例えばこの本の中に、幼少期に十分な愛情を受けなかったマリリン・モンローのこんな言葉が出てきます。「おとなになったとき、人に愛される簡単な方法を見つけたの。服を脱ぐだけでよかった」。或いは、母親の支配から抜け出すために、「卑劣漢をわざわざ恋人に選んだ」綿矢りさの小説の主人公が登場します。かつての女性たちのように性欲を抑圧しない「自由な女」が出てきて、「売春することそれ自体が好きな女」が出てきて、強姦された後にその強姦男との性交に応じ続ける女が出てきてます。それぞれに自己欺瞞があり、男の性質を察知しているところがあり、それぞれに傷があります。

 それぞれの論理と欲望、或いは欠如が違っても、男が女の性質を利用し、女が男の性質を利用して満足を得るなら、表層的には結構ウィンウィンになる。ではそのウィンウィンな関係が均衡なものであるかと言えば、どう考えても近代の性に纏わるあらゆることが、男の性欲中心に考えられているわけで、加害者になりがちな男の自己欺瞞に比べて、被害者になりがちな女の自己欺瞞はやっぱり脆いんじゃないかと多くの人が思っているわけです。さらに、男の性質を理解したつもりになって自分の都合の良いように利用しようとするワタシのような女が、男にとって都合の良い性関係を再生産していくとも思えます。

 人類の性本能が壊れ、人類の存続のために男の性欲を回復することに重点がおかれ、女の性欲はなおざりにされて男を性的に興奮させる性的対象の役割を担うことになった、という本書の考えを補助線にすると、政治や経済、或いは学問の世界での性差別に比べて、そもそも違う形の性器と性欲が交わるセックスの世界での性差別がものすごく複雑だというのはよく分かります。著者も「男の性的満足の方式と女のそれとが喰い違っているのだから、男が満足する方式で同時に女が満足するのは、もともと無理なのである」と指摘します。男の性質を察知したつもりになるだけではなく、それをこうやって頭で学ぶことができる現代の女たちは、小さな不満とジレンマを感じながらも、自分の身を守り、欺瞞ではない幸福を模索したいのだと思います。

 セックスは、かつて「やられる」だけだったけれど、今は色々と男の論理を勉強してしまった女と、自分らの重ねてきた不可避的な加害性にやや自己嫌悪に陥りつつ、ナイーブなペニスを勃起させなきゃいけない男の、ものすごくヒリヒリした対峙の場となりました。そう考えると、本能なんて便利で嘘っぱちな言葉に頼っていた頃に比べて、もっとずっと複雑で慎重な心境になりながら、それぞれの持ち寄った都合のすり合わせをしていかなければいけない。たかがセックスをするだけでも、もはや相手のことなんてからきし分からないと言っている場合ではなく大変な作業のようにも感じられます。 
 

鈴木涼美
1983年東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業、東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。修士論文が『「AV女優」の社会学 なぜ彼女たちは饒舌に自らを語るのか』のタイトルで書籍化される。卒業後、日本経済新聞社を経て、作家に。著書に『身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論』『おじさんメモリアル』『オンナの値段』『ニッポンのおじさん』、『往復書簡 限界から始まる』(上野千鶴子氏との共著)など。
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