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鈴木涼美 自分の感性を信じることは世界とのずれを意識すること、すなわち孤独である(鈴木いづみ『いつだってティータイム』を読む)

第13回 女子高生にある個室の自由(鈴木いづみ『いつだってティータイム』) 
鈴木涼美

まだしばらく、くだらない人生を歩まなければならないけれど

「たいていの音楽はきく側をだますようになっている。それは、音楽というもののもともとのしくみだから、しかたがない。やる側にそのような意識はなくても。ロックはまさしく、そのための音楽という気がする。きいていると、安心感がある。動物的感覚を昂揚させて、その肥大したなにかでその他の感覚をまひさせる。ロックは電気マッサージだ。きく者をなだめすかし、いわばうさばらしに一役かう。そしてわたしは、音楽はそのようなものだ、とおもっている」

 書店と並んで私のお気に入りの小宇宙トイレのあったCDショップで、私はより一層、ロックのコーナーばかり見るようになりました。なんとなく流行していたR&Bやヒップホップよりももともとパンクロックが好きだったのだけど、R&Bについて、「いくら激しく陽気そうなリズムでも、彼らの苦悩が底に流れている」と描いた鈴木いづみの一文を取り込んで、ずいぶん影響されて、私の好みは形成されていったのだなと今となっては思います。女子高生時代に読んだ本を今読み返すと、今信じている自分の感覚のネタばらしをされているような、ちょっと微妙な気分になると共に、その出会いに改めて感謝するものです。

「速度が問題なのだ。人生の絶対量は、はじめから決まっているという気がする」と描いた彼女が死んだ年齢を、今の私はついに超えてしまいました。私はあの、子供と大人の、昼と夜の、制服と私服の中間にあった時間に、感性を信じて理性を保つという一人の女性の文章を拾うことのできた、とても幸運な女だったなと思います。私はどうやらまだしばらく、くだらない人生を歩まなければならないけれど、あの時、女子高生の身体を痺れさせた言葉たちが、私に、孤独との向き合い方の幾ばくかの方法を教えてくれました。少なくとも、生真面目な不良だった鈴木いづみは、その時々をやり過ごす方便もいくつも残していった気がします。

「われわれには罪がある、とおもう。するとすべてが納得がいくのだ。だから、こんなつらいあるいはおもしろくもない人生をやっていかなければならないのだ」

 あいにく、私が日々着替えに寄っていた書店のビルもセンター街の大型CDショップも、その後はファストファッションのお店になって今はなくなってしまいました。それでも、女子高生が制服に収まらない夜を過ごすための小さな緩みを、街が残していることを願います。

鈴木涼美
1983年東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業、東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。修士論文が『「AV女優」の社会学 なぜ彼女たちは饒舌に自らを語るのか』のタイトルで書籍化される。卒業後、日本経済新聞社を経て、作家に。著書に『身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論』『おじさんメモリアル』『オンナの値段』『ニッポンのおじさん』、『往復書簡 限界から始まる』(上野千鶴子氏との共著)など。
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