「死者の身代りの世代」として
そして吉田はだんだんと「戦中派」としての胸中を積極的に書き始めていく。「戦中派」ではなく、「散華の世代」(「中央公論」昭和40・9)といい、ついには「死者の身代りの世代」(「諸君!」昭和54・11)ともいう。戦争で死んだ男たちは同世代の約二割だった。その二割が世代を代表する。それが「散華の世代」「死者の身代りの世代」である。
「死者の身代りの世代」という言葉に触発され私が思い出す小林秀雄の短いエッセイがある。朝日新聞PR版(昭和37・10・6)に載った「人形」だ。東海道本線の食堂車の中で、小林自身と同じ年格好の夫婦と同席する。その細君は大きな人形を横抱きしている。背広を着、ネクタイを締めた人形は垢染みてテラテラしている。帽子が外れると坊主頭だ。
「もはや、明らかな事である。人形は息子に違いない。それも、人形の顔から判断すれば、よほど以前の事である。一人息子は戦争で死んだのであろうか。夫は妻の乱心を鎮めるために、彼女に人形を当てがったが、以来、二度と正気には還らぬのを、こうして連れて歩いている。多分そんな事か、と私は想った」
※次回は3月25日に配信予定です。
平山周吉(ひらやま・しゅうきち)
雑文家
1952年東京都生まれ。慶應義塾大学国文科卒業。出版社で雑誌、書籍の編集に長年携わる。著書に『江藤淳は甦える』(小林秀雄賞)、『満洲国グランドホテル』(司馬遼太郎賞)、『小津安二郎』(大佛次郎賞)、『昭和天皇「よもの海」の謎』、『戦争画リターンズ――藤田嗣治とアッツ島の花々』、『昭和史百冊』がある。
1952年東京都生まれ。慶應義塾大学国文科卒業。出版社で雑誌、書籍の編集に長年携わる。著書に『江藤淳は甦える』(小林秀雄賞)、『満洲国グランドホテル』(司馬遼太郎賞)、『小津安二郎』(大佛次郎賞)、『昭和天皇「よもの海」の謎』、『戦争画リターンズ――藤田嗣治とアッツ島の花々』、『昭和史百冊』がある。