出口治明✕村木厚子 「女性がつくった国・日本」をガラパゴス化から救うショック療法

出口治明(立命館アジア太平洋大学(APU)学長)×村木厚子(津田塾大学客員教授)

「事実」を直視しない日本

出口 そのとおりだと思います。先日もあるシンポジウムで、会場の四十歳代の男性から面白い質問があったのです。「テレワークで家庭にいる時間が長くなったのですが、居場所がなくて居心地が悪い。どうすればいいでしょうか」と。そこで僕は、「もし職場で何も仕事をしないとすれば、あなたに居場所はありますか」と逆に質問しました。ないですよね。家庭も同じだと答えたのです。「家庭は、家事や育児や介護をする場所です。あなたが何もできないとすれば、居場所があるはずがない。だから家庭の社長である奥さんに頭を下げて教えを請うて仕事をすれば、居場所はできますよ」と。

村木 最近の調査によると、六歳未満の子供を持つ家庭の一日あたりの夫の育児・家事時間は、だんだん増えてはいますが、一時間二三分(二〇一六年)。一方、欧米は三時間前後が普通です。夫婦二人で働き、二人で家庭を維持するのが当たり前なんですね。そういう国は女性の労働力率が高く、しかも出生率も高い。
 ここが大きな境目ですよね。女性は今の働き手になるし、子供は将来の担い手です。だから今も将来も明るい国になるか、それとも今はダメで将来はもっと暗い国になるか。これを意識しておかないと、日本の将来は危うい。

出口 もう二〇年以上も前の話ですが、フランスでは職業を持っている女性のほうが、一生のうちにたくさん赤ちゃんを産むというデータがあったのです。僕は不思議に思ってフランス人の友人に理由を尋ねたら、「質問の意味がわからない」と返されました。彼に言わせれば、一般的に仕事を続ける人は人生に貪欲なので、子供をたくさん欲しいと思うのが当たり前じゃないかと。当時の僕は、まだ子供を持つことが仕事のハンデになると無意識のうちに思い込んでいたから、こんなアホな質問をしてしまった。問題の立て方が間違っていたんですよね。
 考えてみれば当然で、共働きのほうが、子供も生まれやすいし、経済成長率も高いし、しかも労働時間も短いんですよ。この三〇年間で見ても、日本の正社員の年間労働時間はほぼ二〇〇〇時間でまったく減っていませんが、ヨーロッパでは一五〇〇時間程度で、日本を上回る経済成長を続けてきました。
 こんな歴然とした事実があるのに、日本の社会は直視しようとしませんね。カリフォルニア大学サンディエゴ校では、意思決定は「エビデンス」「サイエンス」「そのコミュニティの専門的な知見」の三要素に基づいて行うというモットーを掲げているそうです。こういう発想が日本には足りない。

村木 事実といえば、ジェンダー・ギャップ指数の順位で上位を占めている北欧各国、それにフランスやカナダでは、働き方改革を徹底しているから労働時間が短い。平均して短いだけではなく、短く働く人が差別を受けないこともポイントです。それに男性の家庭参加も徹底しているし、児童福祉や教育については公がかなり負担しています。
 特に参考になるのがフランス。少子化対策として現金給付をしていたのですが、あまり効果がなかった。そこで認定保育ママや保育所の充実といった現物給付にシフトしたら、非常にうまくいったんです。そのために企業からも労働者からも大きな拠出をしています。
 男性も女性もともに子育てをすることは大事ですが、それを支える社会的な制度整備もきわめて重要。役所にいた私が言うのは心が痛みますが、日本はその部分がまだ足りていない気がしますね。

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