新書大賞2021 大賞受賞・斎藤幸平先生 講演動画を公開中!

福島原発事故は政府による災害だ

石破茂(自由民主党政務調査会長)×聞き手…田原総一朗(ジャーナリスト)

エネルギーをどうする

田原 今から三五年前に、僕は『原子力戦争』という本を書きました。取材していて、「薪にしろ化石燃料にしろ、これまで人類は太陽の恵みをエネルギー源として使ってきた。核分裂の利用はそこから逸脱し、猛獣を扱うようなものだ」という人がいました。
 今後、そうした議論が再燃して原発反対の意見が強まるのではないかと思います。

石破 日本は電力のおよそ三割を原子力発電に依存しています。そのおかげで、夏は涼しく冬暖かく、オール電化だったら火事の心配をすることなく調理ができてお風呂にも入れる。そんな夢のような暮らしを享受できているのですね。ところが、その裏側には、今回不幸にも発生してしまったような危険が存在した。ある意味、そこから目を背けながら、快適な生活を営んできたとも言えるわけです。
 これからは、「目を背ける」ことはできないでしょう。さらに進んで「原発をやめろ」と言うのであれば、快適な生活をある程度は我慢しなければならない。不便を甘受してでもやめるのかどうかを含めて、根本的な議論をせざるをえないと思います。

田原 まさに三五年前にも、そういう話が出ていた。

石破 ちょっと話が逸れますが、二〇〇六年に北朝鮮が核実験をやったとき、「わが国も核兵器を持つべきだ」という声が高まりました。ただ、日本はNPT(核拡散防止条約)に入っていますよね。核兵器を持つということは、NPTから脱退することを意味します。当然、条約に記載された制裁を受けることになる。例えばウラン燃料は入ってこなくなる、再処理は禁止される。つまり、原子力発電はできなくなるのです。快適な暮らしを放棄してまでも核を持つのかという議論をしないとおかしい、やりましょうと、私は申し上げました。当時、政調会長だった中川昭一さんなども、議論しようと。

田原 中川さんは「サンデープロジェクト」でそう発言して、大騒ぎになりました。ただ、実際には議論すること自体が問題だという感じになって、沙汰やみになってしまいました。

石破 残念ながら。

田原 これからの話をすると、福島第一原発はおそらく廃炉。第二原発も再稼働のハードルは相当高いと見なければなりません。東電管内を中心とするエネルギー供給をどうするか、原発計画はどうなるのか。石破さんの考えを聞かせてください。

石破 残念ながら、太陽光や風力発電で原子力の穴埋めはできません。直近のことを言えば、どこまで節電が可能なのか、周波数の異なる西日本からの一層の電力融通は可能なのかといった需給両面の見直しを徹底的に行った後、冷房使用が増える夏場に向けて、いったいどれくらい電気が不足するのかを、詰める必要があるでしょう。
 この間の状況を見てもわかるとおり、日本人には助け合いの心があります。ですから例えば、各テレビ局が画面の隅にリアルタイムの電力需給情報を表示するようなシステムができないでしょうか。「供給限界まであと何%」というように。危険領域に入ったのがわかれば、みな不要不急の電気を消しますよ。それだけで、一〇%、二〇%の節電になるはずなんです。

田原 「計画停電」は予定を立てにくく、地域格差といった不公平感も生まれています。

石破 停電についても、産業界などから要請があった総量規制が本当にダメなのか、明確な答えはないですよね。工場の夜間稼働など、まだまだできることがあるのではないかと感じます。

田原 そうしたことをすべてやった上で、しかし足りないとなったときに、「やはり原発だ」という話にもっていけるでしょうか?

石破 まず前提として、安全性に対する議論が必要なことは言うまでもありません。実は、津波の想定が十分ではないという指摘があります。二〇〇五年にできた原子力政策大綱に、安全性を見直すことが明記されていますが、今度の事故を踏まえてその作業をきちんとやらないといけない。
 想定外だろうが何だろうが、事故は起きてしまった。まずは議論も対策も不十分だったことを率直に認めなければなりません。誰が悪い、彼の責任だと言っていても詮なきことで、一義的には基準を作った国の責任ですよ。だから、二度とああしたことが起こらないように、徹底的に見直しを行う。
 その上で節電可能性の追求と安全基準の見直し。それが終わらないうちに、原発はいらないというのも、安全性を強弁することも、両方とも間違いではないかと私は思います。

1  2  3  4  5