3・11と9・11 「断絶」の思考、「永続」の意志

会田弘継(共同通信社編集委員)

 テロを受けたアメリカは「自分たちはなぜ憎まれるのか」と、悩んでいた。冊子は武力でなく、文化の力(ソフトパワー)で、その問題を少しでも解決したいと考えてつくられたのだと思う。プロパガンダを超えて、ひしひしとアメリカの哀しみが伝わってくるような冊子だった。

 冒頭の「大通りからちょっと入って」という掌編は、小さな町で育ったアラブ系アメリカ人の女性詩人の成長の物語だった。移民という典型的な二十世紀アメリカ人の、これも典型的な「小さな町」での成長が綴られていた。激変の時代の中で、「断絶」を拒む意志を、そこに見た。

 イラク戦争が始まった年である二〇〇三年の夏には、ミシガン州深奥部の人口四〇〇人という小さなメコスタ村を訪ねた。戦後アメリカの保守思想を確立する上で重要な役割を果たした故ラッセル・カーク(一九一八〜九四)の遺族に再会した。晩年のカークにお世話になったからだ。そこで聞いた、イラク戦争を「ばかげた戦争だ」と否定する草の根保守の声に、やはり「断絶」を拒むアメリカの姿を見た。

 市井の人々の小さな思い出を作家ポール・オースターが集め、ラジオで朗読した「ナショナル・ストーリー・プロジェクト」が本となって並び出したのも、9・11直後あたりだ。

 これらすべてが、川端康成の「僕は日本の山河を魂として君の後を生きていく」という弔辞と同じように、「断絶」を拒み「永続」を誓っているように思えた。

 テロにより激変を押しつけられ、今度は戦争で激変をつくり出す。そんなアメリカの中で、変わらず続くものがある。そう感じた。

3・11後の日本は

 東日本大震災が、9・11と対比されるように3・11と呼ばれるようになった背景には、たぶん衝撃的なイメージの重なりがある。9・11で黒煙を吐く世界貿易センタービルのツインタワーと、水素爆発で建屋が破壊された福島第一原発の一号機、三号機......。そこに見られる相似が、3・11という「断絶」の呼称を生んだ。そう考えられそうだ。

 安全神話の崩壊、核に関連する恐怖感。9・11後のアメリカと、3・11後の日本がおかれている状況は、似たような点をいくつも指摘することができる。志の低い政治、「相対性のごった煮」のような文化。9・11直前のアメリカと3・11前の日本は、よく似ている。

 もちろん、大きく違うところもある。9・11テロは人為的なものだったから、危機にあたって触発された国民統合の意識は、報復攻撃へと向かった。政治指導者の言葉が国民を報復へと誘導した。戦争のレトリックがふんだんに使われた。9・11以前との「断絶」が、たとえば大統領によって明示された。九月十二日朝の閣議冒頭に、ブッシュ大統領は「状況は一変した......善と悪の巨大な闘争が始まった」と宣言している。

 この国の政治家の言葉には国民を引っ張る力はないが、それでも三月十三日の菅直人首相の記者会見での「戦後最も厳しい危機」という言葉に、国民は「事態が変わった」という断絶を強く感じとったはずだ。すでに知識人によって「災後」というような言葉も使われ、震災の前と後ではパラダイムが異なるということが強調されている。

 その中で「永続」をしずかに願い、誓う声もある。三陸沿岸を歩き漁撈をめぐる生活を記録してきた気仙沼の民俗学者の川島秀一は言う。川島は大津波で母親と家を失った。

「今こそ、津波に何度も来襲された三陸海岸に生き続けた漁師の、そのような運命観、死生観、そして自然観に学ぶときなのだろうか。......ただ一つ分かったように思えたのは、三陸の漁師たちは海で生活してきたのではなく、海と生活してきたのではないかということである。海と対等に切り結ぶ関係をもっていなければ、今後もなお漁にでかけようとする心意気が生まれるはずがない。そのような積極的生き方に、私自身もう少しだけ賭けてみたい」(四月二十日、共同通信配信の寄稿)

 戦後の川端の誓いに似ている。

 川端に「山河を魂として生きる」と誓わせ、川島に漁に生きる心意気に「もう少し賭けたい」と言わせた「永続」への意志の裏には、「断絶」で歴史が区切られ、変わってしまったことの悲哀がある。その悲哀の中で「永続」の意志が生まれた。

 同じように、「断絶」を希求する思考の裏のどこかに「永続」への信頼が隠れていそうだ。丸山眞男は単に「断絶」を望んだだけだったろうか。8・15に変革のすべてを賭けていった背後に、変わらぬものへの信頼がなかったか。

「断絶」が「永続」への思いを強め、「永続」への信頼が「断絶」による改革を支える。二つの間には、そうした弁証法的な関係もうかがわれる。

 3・11後の日本にどのような「断絶」と「永続」が生まれるか、生むべきか。考えていきたい。

(了)

〔『中央公論』2011年6月号より〕

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