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医療ボランティアとして被災地に入って

斎藤環(精神科医)

 宮古市のように、多くの仮設住宅が市内の公園に建設されれば、少なくとも社会と隔絶されることはない。せめて孤立化を防ぐために、保健師の巡回訪問や炊き出しなどのイベントによって人々の新たな関係性を耕していく必要があるだろう。

 中井久夫は阪神・淡路大震災の被災体験から、「鋏状格差」の拡大についてふれている(「巻頭言 鋏状格差から曖昧模糊へ――しかし問題は残っている」『精神医療』12: 2-5.)。こうした「格差」には貧富の格差もあるが、いわゆる「社会関係資源」の格差も含まれる。全国に知人や親戚などのつてがあればそちらに身を寄せることもできるが、それがない場合は長期の避難所生活を余儀なくされる、といったような。

 格差は、家族関係においても見てとれる。被災によっていっそう緊密に結びつく家族と、潜在していた葛藤が全面化してばらばらになってしまう家族と。後者で犠牲になるのは子供たちである。実際、被災後に両親が離婚してしまったために、リストカットなどの問題行動が増えたというケースの相談があった。

 さらに深刻なのは被災孤児の事例である。岩手県全体で被災孤児数は約八〇名に上るが、そのほとんどは親族里親のもとに引き取られていったという。こうした社会関係資源の豊かさには安心できる面もあるが、両親を亡くした上に生まれ育った土地や友達からも離れて生活することになる子供たちのストレスははかりしれない。被災後に不登校になった事例の相談も複数受けた。彼ら彼女らが、この過酷な経験から力強く立ち直って成長していくことを祈るばかりである。

被災地支援における自立と依存のバランス

 ボランティアから再び日常の臨床に戻って、いまも考え続けている問題がある。被災地支援における自立と依存のバランスをどうするか、ということだ。被災者が日常を取り戻していくためにも、自助の領域を少しずつ広げていく必要がある。

 たとえば震災で失職した家族が、雇用状況の悪化にくわえ、失業保険や義援金のおかげもあって、なかなか再就職に至りにくいという話を聞いた。失業が長期にわたれば、家族が丸ごと社会との接点を失い、ひきこもってしまう可能性もあるだろう。もちろん雇用創出と就労支援が重要であることは誰もがわかってはいるが、現状では容易なことではない。

 おそらく鍵を握るのは「支援者支援」であろう。これは経済学者・玄田有史が提唱する考え方だ。どの分野においても、これからの持続的な自立支援を考えるなら、現地において支援者を育成し、その支援者を継続的に支援していくことをまず考えるべきではないか。

 先に引用した大澤智子は、ある時点から支援活動を被災者対象から、支援者対象に移行していった。具体的には「支援者研修」を実施して、支援者が「介入の基礎」について学ぶ機会を持てるようにしたという。彼女は次のように述べる。「外部支援者はあくまで黒子であって、現地支援者が支援活動の担い手であることが重要なのです。日々変化する現地でのニーズを見極めながら現実的な解決策を見つけるのを手助けするのが外部支援者の役割なのです」(前掲論文)

 こうした支援者支援のもうひとつのあり方として、精神科医・熊木徹夫によるネットを活用した支援活動を紹介しておこう(「精神科情報支援体験記――震災ボランティアの新しいかたち」『現代思想臨時増刊 imago』、前掲)。熊木は被災直後からツイッターで活発に情報を発信し、賛同する医師たちと協力し合って「どこに行けば薬が手に入るか」「薬なしで眠るにはどうするか」といった情報を拡散し続けた。これらは被災者支援であると同時に、支援者が連帯するためのインフラを提供するという意味での支援者支援でもあった。ネットを活用したユニークな臨床活動の試みとして記しておく。

 最後に私の「支援者支援」について言えば、岩手の精神保健福祉センターに対するささやかな寄付と、支援者向けの講演会といったものにとどまる。岩手に限らず、東北の「こころのケア」はかなり深刻な資金難を抱えていると聞いた。心ある人たちには、義援金以外にも有効なお金の使い途があることを思い出していただきたい。

 おそらく被災地に日常が戻って以降、「こころのケア」のニーズはむしろ高まるのではないか。ひきこもりやアルコール依存の問題以外にも、うつ病や自殺の増加、医療資源不足による統合失調症やてんかんの再発、といった事態が懸念される。 「関わってしまったもの」の責任として、今後も私なりの被災地との関わりを継続していきたい。その経過については、またこの誌上で報告する機会があるだろう。

(了)

〔『中央公論』2011年10月号より〕

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