斎藤幸平×藤原辰史  コモンの自治管理

斎藤幸平(大阪市立大学准教授)×藤原辰史(京都大学准教授)

社会科学的な指標と人文学的な潤い

斎藤 面白いのは、GDPの元になる概念を提唱したサイモン・クズネッツが、当初は軍事活動やギャンブル等は指標から差し引くべきと言っていたことです。しかしその提案は採用されませんでした。今回のコロナ禍でも、医療現場の方々が大変な負担に見舞われているのに、それも生産活動としてGDP成長に加算される。GDPと私たちの幸福度は、かけ離れてしまっています。

藤原 GDPは、生産が中心になっているから実際の国の豊かさから離れてしまうのだと思います。例えば、「国民総分解力」の指標を作ったらどうでしょう。どれくらい豊かな土壌や海洋資源があり、そこで有機物が分解されているかを指標化してみる。各国の微生物力を比較したら、いろんなことが見えてきそうです。

斎藤 一方で、環境や幸福といった問題の本質は、数字に置き換えられません。そこに人文学が果たす役割があると思います。

藤原 人文学は、人生に艶や潤いを与えるものですよね。現代を生きる私たちは、パッケージ化された賑やかな商品世界に慣れきっています。資本主義に代わる第三の道といっても、そうした賑やかさに代わる魅力を提示できないと、「ワクワク感のない、統制された社会になる。それってオーウェル的だよね」と批判されて終わってしまう。ですから私たちが資本主義社会で失っているものは、実はこんなに面白く、寂しくないものだということを、人文学の研究者としてもっと提示していかなきゃいけない。現状を打開するには、社会科学的な指標と、人文学的な潤いの、両輪で訴えていくべきですね。

斎藤 気候変動の問題は、二酸化炭素排出ゼロという話に矮小化されるべきではありません。再生エネルギーへの転換や電気自動車のような産業政策だけでは、正直どうにもならない。それよりも私たちがどういう社会を作っていきたいのか。大量生産・大量消費によって失われてきた自然の豊かさも含めて、何を取り戻すべきなのか。気候変動という危機を前に、根深い経済成長神話、自然に対する人間の支配そのものを大転換する時が来ています。

 

〔『中央公論』2021年3月号より抜粋〕

斎藤幸平(大阪市立大学准教授)×藤原辰史(京都大学准教授)
◆斎藤幸平〔さいとうこうへい〕
1987年生まれ。ウェズリアン大学政治経済学部卒業。ベルリン・フンボルト大学哲学研究科博士課程修了。博士(哲学)。専門は経済思想、社会思想。『大洪水の前に』(ドイッチャー記念賞)『人新世の「資本論」』(新書大賞2021)、編著に『未来への大分岐』など。

◆藤原辰史〔ふじはらたつし〕
1976年北海道生まれ。京都大学総合人間学部卒業。同大学大学院人間・環境学研究科中途退学。京都大学人文科学研究所助手、東京大学農学生命科学研究科講師を経て、現職。専門は農業史、環境史。『分解の哲学』(サントリー学芸賞)『縁食論』など著書多数。
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