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田嶋幸三×三森ゆりか JOCやサッカー界のエリートが飛びつく「言語技術教育」(上)

田嶋幸三(日本サッカー協会(JFA)会長、日本オリンピック委員会副会長)×三森ゆりか(つくば言語技術教育研究所所長)

作文に取り組むレスリング選手

─三森さんの言語技術教育の概要について教えてください。

三森 情報を取り込む、考える、表現する力を付けるためのトレーニングをします。具体的には読解、議論、作文などを通して、与えられた情報を論理的に分析し、複眼的・多角的に考え、表現する方法を身に付けます。日本人の場合はまず「質問すること」自体が苦手です。そこで「5W1H」を使ってきちんと質問を立てる訓練から入り、質疑応答を繰り返していきます。さらに、結論から始めて後で理由を書く、大きな要素から小さな要素へ向かう空間配列の構成を学ぶ、絵や文章を分析する、といった訓練を重ねていきます。
 土台がしっかりできた上で、さらに創造的な自分なりの意見を表現していく力を磨きます。つまり言語技術の究極の目標は、表現や議論などのスキルを習得し、クリティカル・シンキング(批判的思考)ができる人になる、ということにあるのです。

田嶋 だから言語技術のトレーニングとは実はアカデミーの若い選手だけではなくて、監督やコーチといった指導者をめざす人にとっても必須だろうと僕は考えました。実際に日本サッカー協会のS級、A級、B級のコーチライセンスを取るカリキュラムには、技術指導だけでなくディベートや言語技術、プレゼンテーションなどのメニューが含まれています。
 言葉にできないとイライラして殴ってしまう......そういった暴力や暴言を用いた指導をも防げると思っています。

─なぜ、言語技術の習得がサッカーの強さにつながるのでしょうか。

田嶋 言語技術とは情報を取り出し解釈し、自分の考えを論理的に組み立て、判断し、伝える力です。その力をしっかりと習得すれば、チーム内で的確なコミュニケーションが成立します。しかもサッカーは局面が次々と切り替わっていく。刻々と変化する状況を素早く分析し、対処を考えることが求められるスポーツです。論理的な思考を持つことが良いプレーをする条件なのです。そうした土台の上にさらに言葉を介さないアイコンタクトとか、瞬間の感覚的なひらめき、相手の予測を裏切るユニークな判断といったものが乗っかっていくから面白いんです。

三森 私はドイツでサッカー観戦の面白さに目覚めたのですが、サッカーと「ロギッシュ」(ドイツ語で「論理的な」)という言葉とは切っても切り離せないものでした。解説を聞いていてしばしば、「今のプレーはロギッシュだ、なぜなら......」というフレーズが出てきました。プレー一つ一つに理由がある。このプレーはロジカルにこんなメリットがありましたね、といった分析の仕方がドイツでは普通なのです。一方、日本の解説を聞いていると、「今のプレーは凄かったですね」などと言います。テレビ画面を見ていればわかることを言葉でトレースする。

田嶋 そう、「ボールが浮いてしまいましたね」というタイプの解説が日本では多いよね。視聴者も画面を見ているのだから、起こったことはわかっているのに。それより「では、いったいなぜ浮いてしまったのか」「蹴った時の足の位置はどうだったのか」という分析や原因を視聴者は知りたいのですよ。現象はなぞっても原因の方は言ってくれない解説では、欲求不満が溜まりますよ。

三森 私がたまたま拝見した田嶋さんのサッカー解説は、ボードを使って選手の動きを分析していくという内容でした。とても論理的で私にはフィットしたのですが、ネット上では「田嶋の解説はうるさい」「うざい」という批判もありました(笑)。日本人はあまりロジカルな解説を求めないのでしょうか?

田嶋 どうなんでしょう。でもはっきりと言えるのは、今日本代表クラスの選手はみな、言語技術を習得し言葉で自分の考えをきちんと論理的に表明できる、ということです。
 実際、ワールドカップロシア大会を数ヵ月後に控え、ハリルホリッジ監督の指導に対して疑問を抱いた数人の選手が僕の元にやってきて、各人が監督を支持できない理由についてしっかりした意見を言いました。それは個人的な感情ではなくて日本チームにとってどうなのか、という広い視野からの発言ばかりでした。僕自身は、彼らの意見を受け止め、会長として総合的に判断し、大会の二ヵ月前に「解任」という結論を出しました。
 同じく岡田武史監督、森保一監督、西野朗監督といった世界で通用する指導者たちも優れた言語技術、論理力、分析力を持っている。つまり、今世界で活躍するための必要条件は、そうした力なんだと思います。

三森 もちろんサッカー以外のスポーツにおいても、世界を舞台にするアスリートにとって言語技術は必要です。私は今JOCエリートアカデミーで十代のレスリング選手を教えていますが、クリティカル・シンキングができると自分の弱みがどこにあるのか把握でき、弱さを乗り越える方法も考えることができます。そうした選手こそが世界で頂点に上っていける時代です。レスリング選手たちに作文の課題にも取り組んでもらっていますが、インタビューの受け答えが格段に上手になったそうです。多少字が汚かったり誤字脱字があったりしても、文章の構成さえきちんとできれば人に伝わる、ということを選手たちは学んでいます。構成というのは組み立てを考えることで、まさしく論理そのものですから。

構成:山下柚実

 

〔『中央公論』2021年3月号より〕

ビジネスパーソンのための「言語技術」超入門

三森ゆりか

 社会で真に求められるのは、論理的思考力を活用して考察し、口頭や記述で表現できる人材である。しかし「国語」の教育は受けたはずなのに、報告書が書けない、交渉も分析もできないという社会人は多い。これまで有名企業や日本サッカー協会などで「言語技術」を指導してきた著者が、社会に出てから使える本当の言語力=世界基準のコミュニケーション能力を身につけるためのメソッドを具体的に提示。学生・ビジネスパーソン必読の一冊!

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田嶋幸三(日本サッカー協会(JFA)会長、日本オリンピック委員会副会長)×三森ゆりか(つくば言語技術教育研究所所長)
◆田嶋幸三〔たしまこうぞう〕
1957年熊本県生まれ。筑波大在学中にサッカー日本代表に。卒業後、古河電工入社。83~86年ケルンスポーツ大学に留学し西ドイツサッカー指導者B級ライセンス取得。筑波大学大学院修士課程体育研究科修了。2001年U-17日本代表監督として世界大会出場。JFA技術委員会委員長として日本代表の強化、JFAアカデミー福島スクールマスターとして若年層の育成に取り組んできた。15年よりFIFA理事(カウンシルメンバー)。16年よりJFA会長。

◆三森ゆりか〔さんもりゆりか〕
東京都生まれ。上智大学外国語学部ドイツ語学科卒業。中学2年生から4年間を旧西ドイツで過ごす。1984~88年ドイツ式作文教室を主宰。90年「つくば言語技術教育研究所」開設。これまでに日本サッカー協会、修造チャレンジ、日本航空、JR東日本、JR西日本などで講習・研修を手がける。『絵本で育てる情報分析力』『外国語を身につけるための日本語レッスン』『大学生・社会人のための言語技術トレーニング』など著書多数。
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