「感染者が地元で責められ自殺した」。なぜコロナ罹患の「デマ」は全国で同時多発的に発生したのか? 田舎町で起きていた事実

情報パンデミック――あなたを惑わすものの正体
読売新聞大阪本社社会部

地元・勤務先に確認すると自殺説は事実ではなかった

地元の理髪店の店主は、客が来るたびに同じ話を聞かされた。

「感染者が住んでいるのはあの辺りで、家に石や卵が投げつけられたみたい。それで家に住めなくなったと聞いた」

「かわいそうに本人も親も自殺したらしい」

その場でスマホを取り出してネット掲示板の投稿を見せ、「こんなことが書いてある」と教えてくれる客もいた。

9784120055928.PT01.jpg『情報パンデミック――あなたを惑わすものの正体』(著:読売新聞大阪本社社会部/中央公論新社)

その23週間前、地元の女性が感染したと発表され、ネット上では「他人にうつした」などと批判されていた。店主は感染者と面識はなく、最初は「まさか」と思ったが、次第に「みんなが言うなら本当だろう」と信じたという。周辺の病院の待合室や喫茶店、職場でも連日、話題に上り、「みんな知っていた」とタクシー運転手の一人は振り返った。

だが、感染者の女性の自宅周辺を訪ねると、住民たちはうわさを「全くのデマだ」と口をそろえた。今まで通り女性の姿も目撃されており、自治体関係者への取材でも自殺は虚偽だと確認された。近所では当時、女性を責めるような声はなく、むしろ本人や家族の精神的負担を心配する住民が大半だったという。

80代の女性には「ネットで見た」という町外の複数の知人から電話があり、「自殺者が出たのは本当?」「石を投げられているの?」と聞かれ、そのたびに否定した。女性は「ネット情報に踊らされている人が多いが、私たちが村八分にしたみたいで迷惑だ」と顔をしかめた。 

別の50代の女性会社員も、うんざりした様子で言った。

「職場の同僚が、私たちがいじめたせいで感染者が自殺したと思い込んでいた。その人には『全然違う』と否定したけど、ネットで見ただけで信じている人がいるんでしょうね」取材班は別の8県のケースについても、各自治体や感染者の勤務先などで確認を進めた。自殺説はすべて事実ではなかった。

1  2  3  4