今井むつみ 言語習得に見る知性の本質

今井むつみ(慶應義塾大学教授)

擬声語も言語体系を反映する

──著書では、外国語のオノマトペには日本人にわかるものとわからないものがあると指摘されていました。なぜこうした現象が起きるのでしょうか。


 オノマトペもことばです。絵文字やLINEスタンプのようなビジュアルアイコンは、どんなにデフォルメされていても輪郭がしっかりあるので誰にでも一目でわかります。一方、オノマトペが表すのは音の特徴だけ。切り取り方は、その言語の選択に任されます。猫の鳴き声は日本語では「ニャー」、英語では「ミャオ」。リラックス感のあるゆるめの鼻音という点で共通していますよね。ただし必ず共通するかと言えばそうとも言えない。例えば、東北地方では猫を指す擬声語は鳴き声ではなく、人間が猫を呼び寄せるときの舌打ち音から来た「チャコ」だそうです。言語には選択がつきもの。だからこそこれほど多種多様になったのです。

 言語の記号接地のおもしろい点は、極めて身体的な感覚から始まる必要があることです。いきなり抽象から始まることは決してなく、まずは感覚に依拠したものから始まる。赤ちゃんの言語習得過程を観察するとよくわかります。そこから次第に抽象性を深め、多様になっていく。

 こんな実験をしました。70種類ほどの人間の動きを映したビデオを用意し、「それぞれの動きを表すのにぴったりなことばをつくってください」と日本語話者と英語話者に指示して、出てきたことばを音韻論的に分析した。すると、大きく重い動きには濁音の有声音を含む傾向が両者に見られたものの、その比重は日本語話者のほうがずっと大きかった。これは日本語のオノマトペにおける濁音の使い方が非常にシステマティックに体系化されていて、日本語話者は造語をつくれと言われると無意識のうちにその体系を使うからです。人はやはり自らの母語の音体系の枠組みの中で考えている。つまり子どもはオノマトペを聞くことで、母語の音体系を自然に学んでいるとも言えるのです。

 音体系は言語によって異なります。母音が三つしかない言語もあれば、北欧のデンマーク語のように17もある言語もある。10以上もの母音を持つ音体系で作られるオノマトペと母音が五つの日本語のそれが違うのは当然です。

 言語の音は、音体系の制約はもちろん、文化的な制約も受けています。制約は二重、三重にもある。だから感覚に根差していて、本来なら普遍性が強いはずのオノマトペでさえ多様になるのです。

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