今井むつみ 言語習得に見る知性の本質

今井むつみ(慶應義塾大学教授)

ChatGPTは「次に来ることば予測機」

──話題のAIアプリChatGPTは言語学習に活用できるでしょうか。


 人間の言語では、わかりやすく、使い回し可能で経済的でありたいという力と、多くの概念を表現することが可能な生産性を持ちたいという、二つの相反する力が常に拮抗しています。さらにそこにアイコン性が加わる。オノマトペは時代によって使用頻度が変わり、アイコン的なことばが減ってきたなと思うと、また増えてくる。言語はアイコン性・経済性・生産性の三つのバランスを取ろうとし、ある要素に偏りすぎると、揺り戻しが来るようになっているようです。人間は言語を身近なところから徐々に習得していくし、言語自体も人間の情報処理システムに合わせて進化していく。

 一方のAIはそうではありません。最初から一人の人間には一生かけても扱いきれないほどの巨大な言語データが与えられ、その中で「このことばとこのことばは連続して使われる確率が高い」といった局所的な確率計算をする。ChatGPTとは、「次に来ることば予測機」です。けれど、人間がするような記号接地をしていない。そこには大きな違いがあります。

 先日、授業でおもしろいことがありました。「科学者の科学的発見と子どもの概念変化の共通性と差異を述べなさい」という課題を出したところ、ある学生がChatGPTに答えさせた。そのとき「共通生徒差異」と打ち間違えたのに、「共通性と差異」と読み替えて答えてきた。学生は「ChatGPTは意図がわかるんだ!」と感心していましたが、実はそれは誤りです。タイプした人の意図を理解して「生徒」をスルーしたのではありません。「共通」ということばの次に「生徒」が来る確率は極めて低いけれど、「性と」が来る確率は高いからそう解釈しただけです。ただ、側目(そばめ)には意図を読んでくれたように見える。フリをするのが非常にうまいのです。記号接地をしていない以上、人の意図はわからないけれど、わかっているフリ、辻褄合わせはどんどんうまくなっていく。それがChatGPTなのだと思います。

 私も試してみましたが、英文翻訳も文法や語彙の選択におかしいところがなく、かなり使えるなと驚きました。英語のビジネスレターを作らせると8割は直さず使えると言う知人もいます。今後、技術が向上すれば、手を入れる必要さえなくなるかもしれません。

 そうなったとき、英語を学習する必要は果たしてなくなるのか。その問いに答える鍵は、やはり記号接地だと思います。ChatGPTが作る文章は、文法的な誤りや不自然さがなく、学生のレポートよりずっと整っているかもしれません。しかし体験に接地せず、統計から導き出した情報をつなぎ合わせているだけなので、内容がとても表面的です。新しい視点も独自の観点もありません。人間が最終的に満足できる代物とは思いませんが、もしこれでいいと思う子どもが増えるとしたら、それは人類にとって危険なことです。

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