今井むつみ 言語習得に見る知性の本質

今井むつみ(慶應義塾大学教授)
今井むつみ氏 撮影:米田育広
 ユーザーが問いかけた質問に対してほぼ的確な答えを生成できる対話型AI、ChatGPTが話題だ。人間の使うことばとは何が違うのか。どう使いこなせばいいのか。オノマトペや「記号接地」をキーワードに、今井むつみ慶應義塾大学教授が語る。
(『中央公論』2023年7月号より抜粋)

赤ちゃんに易しく外国人に難しいことば

──子どもはことばをいかに覚えるのかを研究する今井さんですが、今回はAIの言語学習との比較などを通して、両者の違いについて伺います。まず、最新刊『言語の本質』では、日本語を話す人はオノマトペを言語習得の足場とするとのことでしたが、どういうことなのでしょうか。


 英語は日本語のようにオノマトペが体系化されていませんが、だからといって英語が音と意味のつながりが薄い言語というわけではありません。英語には音の感触が織り込まれた動詞が多いんです。例えばtickle(くすぐる)。語感に日本語でいう「こちょこちょ」の感触がありますよね。whistle(口笛を吹く)も「ピーピー」を彷彿とさせます。日本語でも「ヨロヨロする」はオノマトペですが、「よろける」も語感は同じ。オノマトペ動詞が一般動詞に変化したのでしょう。

 お母さんが赤ちゃんに向かって話すときには、体系的オノマトペを持たない英語やドイツ語でも、オノマトペが自然と作られるという研究もあります。子どもを前にするとジェスチャーなどの言語外情報が大袈裟になる。音の高低や顔に表情をつけるなど、発話自体が物事を写し取るアイコンになるような工夫は、どの言語圏でも行われています。

 日本では家庭のほか、保育園・幼稚園でオノマトペがよく使われます。保育士さんは擬声語の達人ですし、赤ちゃん用の絵本にも多用されている。日本の子どもはそうした体験を通して、普通のことばに先んじてオノマトペを覚える傾向にあります。

 オノマトペは日本語習得を目指す外国人にとっては、最も難しい分野の一つ。それはオノマトペ習得が最初期の「記号接地」体験だからです。

 記号接地とは元々人工知能の用語で、ことばと身体感覚や経験とをつなげること。「リンゴ」と聞けば、その色や模様、匂い、果肉の色や食感、味、舌触りなど、さまざまな特徴を思い出すことができますよね。「すてきだ」とか「嫌だ」といった感情も含みます。人間が言語を習得するとは、そういうことなのです。

 話を戻すと、連続性のある感覚に恣意的に切れ目をつけるのが言語だとすれば、その切れ目のつけ方を感覚的に会得(えとく)させるのがオノマトペです。そのため幼いうちにたくさん使って自らの言語体系に接地しておくことが重要で、時期を逃すと母語話者のように音と意味を感覚的に結びつける記号接地のしかたをつかむのが難しくなります。幼児期を海外で過ごした帰国子女にもオノマトペが苦手な人が多いと聞きますし、日本語が達者な中国人留学生でも、「サラサラの髪」と「ツルツルの髪」の違いがわからないと悩んでいます。

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