今井むつみ 言語習得に見る知性の本質

今井むつみ(慶應義塾大学教授)

イノベーションを起こせないAI

──ChatGPTを使う際のリスクや気を付けるべきことは何ですか。


 大人になってから外国語を学ぶ場合には、子どもがするようにオノマトペから記号接地をすることはしません。ただ母語が接地していれば、母語の知識を使って比較しながら、別の言語体系を自らの中に作っていくことが可能です。英語でウサギをラビット(rabbit)と言う場合、ラビットへの感情は日本人とアメリカ人で多少ずれているかもしれませんが、共通の根っこはある。母語の根っこを利用して記号接地をしていく過程自体が重要になります。

 AIに頼りすぎ、外国語学習を怠った場合に起きる弊害の一つは、間違いのループから抜け出せなくなることです。人間は誰しも間違えます。AIを使う人間が間違えば、誤ったアウトプットが出ますが、AIを過信しているとその間違いに気づけません。中世にはほとんどの人が天動説を信じていました。でもそれを疑った一握りの人たちがアブダクション(仮説形成推論)を行い、それまでの常識を覆す知識が生まれた。人間の文化史はそうした繰り返しで発展してきました。多くの若者がAIマインドに染まり外国語学習をやめてしまったら、言語を創造的に使う能力が衰え、既存の枠内にとどまってChatGPTが提供してくれる以上のものは作れなくなってしまう。そこが最も危惧するところです。

 もちろん、人類の歴史を顧みれば、どんな時代にも自らの創造性を信じて新しいものを作ろうとする人はいたし、今後はそういう人たちが生き残っていくのだとは思います。少し前に流行った自動ピアノを思い出してください。過不足なく弾いてくれはしますが、つまらないですよね。私たちはやっぱり生のピアニストの演奏のほうを聴きたいと思うし、だからこそこれだけ多くの音楽家、芸術家が存在するわけです。

 ChatGPTには過剰に期待せず、使えるところだけを使うのがいいでしょう。ただ、それにはやはり、使う側が記号接地をしている必要がある。英文ビジネスレターにChatGPTが使えると言ったのは、日頃から英語を駆使して国際的な仕事をしている人でした。記号接地をしないまま最初からAIに頼っていては、何が使えて何がダメなのか、どこを直すべきかの判断もできません。


(続きは『中央公論』2023年7月号で)


構成:高松夕佳 撮影:米田育広

中央公論 2023年7月号
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今井むつみ(慶應義塾大学教授)
〔いまいむつみ〕
1989年慶應義塾大学大学院博士課程単位取得退学。93年ノースウェスタン大学心理学部博士課程修了。2007年より現職。専門は認知科学、教育心理学。著書に『学びとは何か』『英語独習法』、共著に『言語の本質』など。
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