室橋裕和×安田峰俊 移民社会ニッポンの縮図、北関東のリアル

室橋裕和(ライター)×安田峰俊(ルポライター)
室橋裕和氏(左)×安田峰俊氏(右)
 今年に入り北関東に暮らす移民についての本を相次いで上梓したノンフィクションライターが、北関東移民の実情とその文化の魅力を語り尽くす。
(『中央公論』2023年8月号より抜粋)

ガチな異文化を求めて

──お二人が北関東の移民社会を取材されるようになったのは、何がきっかけだったのでしょうか。

 

室橋 僕が住んでいる東京の新大久保は、留学生あるいは商店や会社の経営者など、非常に多くの外国人が暮らしている地域です。最近では「ガチ中華」と呼ばれるような、日本人の嗜好に寄せない「異国メシ」を出す店もブームですし、韓流アイドルグッズを求めてコリアンタウンに来る若者も多いのですが、日本人と外国人がサービスやビジネスを介さずに触れ合う機会は、新大久保でもそれほど多くはありません。

 ところが北関東では、労働者として働く外国人が多いこともあってか、都内よりも濃密な外国人コミュニティがあり、日本人との距離も近く、トラブルも含めた生々しい交流があります。最初は都内ではまずお目にかかれないような、本当のガチ異国メシが食べられるのが楽しくて、ちょくちょく通っていたのですが、徐々にリアルな外国人社会に惹かれるようになりました。しかも道一本違っただけで、まったく別の国のコミュニティが現れる。良い意味でも悪い意味でも、強烈なダイバーシティ(多様性)があるんですよね。

 

安田 私は中国ライターですが、大学院で東洋史を専攻していましたので、ベトナムの漢文の土地文書を読む機会があったり、以前からベトナムとは接点がありました。もともと中国の南方地域がフィールドなので、ベトナムは地理的にも地続きです。

 直接のきっかけは、2015年に出した『境界の民』(文庫化に際し『移民棄民遺民』に改題)で、ベトナム難民やその二世に取材をした際、当時高校生だったチー君という難民二世と知り合ったことでした。コロナ禍のさなかの20年5月、もう社会人になっていた彼が住む群馬県伊勢崎市に遊びに行ったんです。アパートの隣の部屋に技能実習生の女の子たちが住んでいて、一緒にご飯を食べたり遊んだりしたんですね。技能実習先から逃亡したボドイ(ベトナム人不法滞在・不法就労者)のことも、そのとき詳しく知りました。

 コロナ禍はボドイにも大きな影響を与えて、困窮した人や犯罪に走る人も多くいたようでしたが、なにぶん地下に潜っている人たちなので、普通に取材をしようとしても容易には実情をつかめない。でも伊勢崎のアパートの一室から扉が急に開いてしまったので、これはもう行くしかないと思って本格的に取材を始めたんです。おりしも20年秋には北関東一帯で家畜の大量窃盗事件が頻発して、ボドイたちの犯行が疑われていたタイミングでもありました。

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