室橋裕和×安田峰俊 移民社会ニッポンの縮図、北関東のリアル

室橋裕和(ライター)×安田峰俊(ルポライター)

移民社会が生まれた理由

──国道354号線に沿って移民社会が形成された背景には、どのような事情があったのでしょうか。

 

室橋 端的に言えば、日本人がやりたがらない仕事、産業がそこにあったということに尽きます。昔は東武伊勢崎線沿線に、食品加工や製造業の工場が多く並んでいて、バングラデシュやパキスタン、イランなどから来た不法滞在者たちが多く働いていたと聞きます。次第にそれらが354号線沿いに移動していったわけですが、不法滞在者から見れば背景や立場を問わずに働かせてくれる場があり、雇用する側から見れば使いやすい労働力がどんどん供給される地域だったということですね。

 

安田 土地が広く安いから工場も多く建つし、外国人が中古車ディーラーなどをやることも多かった。

 

室橋 土地が安いというのは大きいですね。車を保管する「ヤード」が確保しやすく、ディーラーを経営するパキスタン人やスリランカ人は多いですし、解体業などに事業を展開していった人も少なくありません。

 

安田 移民社会が拡大すると、故郷の食事(異国メシ)のほか、信仰もどんどん持ち込まれるようになります。北関東に多くある寺院やモスクがそれで、シク教寺院や、イスラム教人口の約1割に過ぎないシーア派のモスクなんてレアなものもある。

 

室橋 マニアにはすごく面白い。(笑)

 

安田 最高ですよ(笑)。最近はヒンドゥー寺院が増えていますね。

 

室橋 中古車業などで財を築いた経営者が、スーパーを居抜きでポンと買ってモスクにするなど、みんなお金を持っているんだなと思います。

 

安田 都内にもヒンドゥー寺院はいくつかありますが、新宗教系や、伝統ヒンドゥーに対する改革派の寺院が多いですよね。

 

室橋 特定の神様を信仰するような。

 

安田 はい。北関東のヒンドゥー寺院はもう少し伝統的な、間口が広いヒンドゥー教という印象があります。

 

室橋 最大公約数的な信仰で、お祭りなんかも積極的にやっていて面白いですね。あとは近所の人たちとうまくやれればいいんですけど、そこが最大の課題かもしれません。

 

安田 インド系コミュニティには、驚くほど日本語が流暢な人がいますから、地元とうまくやりとりできると思うんですが、あまりやらない。

 

室橋 そうなんですよ。そのあたりはタイ人のほうが上手な印象がありますね。同じ仏教徒だからか、日本人と近しくなりやすい。

 

安田 日本と比べてタイの仏教のほうが本格的なイメージがあるせいか、尊敬されやすいのかもしれませんね。

 

室橋 日本のお坊さんみたいに肉を食べないし。

 

安田 酒も飲まないですしね。

 

室橋 寺院で行うお祭りの日時を事前に警察に連絡したりとか、タイの人たちはマメですね。モスクもそれなりにやっているみたいですけど、ヒンドゥー寺院はあまりそういう目配りをしないような印象があります。北関東はやはり田舎ですから、いきなり宗教施設が建って大量の外国人が押し寄せたら、地域住民はビビりますよね。

 

安田 飲食店は宗教施設よりもさらに説明責任がないから、いきなりそこがコミュニティになったら、やっぱり怖いと思う人もいるでしょう。

 

室橋 外国人向けの食材店やレストランに入る地域住民は少ないですよね。たまに来るのは僕らみたいなマニアや旅好きな人ぐらいで、「あそこは怖い」みたいに思われているところはありそうです。

 

(続きは『中央公論』2023年8月号で)

 

構成:柳瀬 徹

中央公論 2023年8月号
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室橋裕和(ライター)×安田峰俊(ルポライター)
◆室橋裕和〔むろはしひろかず〕
1974年埼玉県生まれ。週刊誌記者を経てタイに移住。現地発日本語情報誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを務め、10年にわたりタイ及び周辺国を取材する。帰国後はアジア専門のライター、編集者として活動。著書に『ルポ新大久保』『エスニック国道354号線』など。

◆安田峰俊〔やすだみねとし〕
1982年滋賀県生まれ。広島大学大学院文学研究科博士前期課程修了。立命館大学人文科学研究所客員協力研究員も務める。著書に『八九六四』(城山三郎賞、大宅壮一ノンフィクション賞)、『現代中国の秘密結社』『「低度」外国人材』『北関東「移民」アンダーグラウンド』など。
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