ボクシングジム通いから見える現代日本の社会階級

石岡丈昇(日本大学教授)
写真:stock.adobe.com
 フィットネスクラブの売上高はコロナ禍での落ち込みを経て、再び堅調な伸びを見せている。『ローカルボクサーと貧困世界』の著書があり、日本大学教授の石岡丈昇さんに、ボクシングジムの内実を綴ってもらった。
(『中央公論』2025年3月号より抜粋)

 私は、趣味で都内のボクシングジムに通っている。ボクシングに触れたのは今から20年以上前で、日本ではなくフィリピンで練習を始めた。私は社会学の研究でマニラのスラム地区について調査をしてきたが、その拠点がスラムに隣接した現地のボクシングジムだった。以来、日本でもいくつかのジムにお世話になり、ボクシングを継続的に楽しむようになった。

 現在通っているジムは、コロナ禍の収束が感じられた2022年から利用している。少人数、消毒、マスクをつけた練習など制限のあるやり方だったが、それでも知り合いのトレーナー相手にミット打ちをし、サンドバッグを叩いて、他の会員とちょっとした雑談をするのが楽しかった。今ではマスクも外して、スパーリング(正確には軽く当てるだけのマス・スパーリング)もたくさんできるようになった。

 このジムにはプロボクサーや学生のアマチュアボクサーも在籍するが、会員の約9割は一般会員である。ずっと通い続ける中で、私は、自分も含めたこの9割の一般会員が、何を求めてジムに来ているのかが次第にわかるようになってきた。本稿では、この点を「体型」の維持というキーワードから考察していきたい。体調の維持という実質的な体の管理ではなく、体型という審美的な見た目の維持に会員たちの関心があることを描出し、そこから体型が他人に対する卓越化の指標になっている模様を捉えたい。

 本稿はあくまでボクシングジムの個別レポートに留まるが、ここで提示される体型をめぐる論点は、現在のフィットネス産業の隆盛の背景に、利用者の動機から迫るための示唆を与えるにちがいない。

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