リベラリズムは終わり「共通善」が台頭した ヴァンス副大統領が象徴するアメリカ思想の変動

会田弘継(ジャーナリスト・思想史家)
(『中央公論』2025年11月号より抜粋)
目次
  1. ヴァンス人気と精彩欠く民主党
  2. 建国以来のリベラリズムの終焉

ヴァンス人気と精彩欠く民主党

 とにかく暴言の多い人だ。そんなイメージが日本ではできあがっている。典型的なのは今年2月末のホワイトハウスでの米ウクライナ首脳会談だ。トランプ大統領に同席したヴァンス副大統領は、公開の場でウクライナのゼレンスキー大統領に対し「感謝が足りない。ありがとうと言ったらどうか」と叱責、世界があっけにとられた。

 そのひと月ほど前にはトランプ大統領の不法移民対策を弁護して、「まず自分の家族、次に隣人、自分のコミュニティ、同胞国民、それからよその国の人々を愛するという順番は当然」で、左派は順番が逆になっていると批判。この論理を擁護するため中世の神学を引いたのも物議をかもし、のちに当時のローマ教皇フランシスコからたしなめられた。

 昨年の米大統領選挙期間中には、「子どものいない猫好きの女性」を批判した数年前の発言が非難された。子なし家庭への課税強化を訴え、「子どもがいない方が楽しみが多い」と主張するフェミニスト作家に反発して論争を巻き起こしたりもした。

 ところが、こうした「暴言」イメージとは裏腹に、政治家としての人気は思ったほど悪くない。進歩派の解説型ニュースサイトとして定評のあるVoxの最近の傾向分析では、トランプ大統領やバイデン前大統領、ハリス前副大統領に比べて、「不人気ぶり」はそれほどでもない。支持率から不支持率を引いた「純支持率」を見ると、ハリスがマイナス13ポイント、トランプが同15ポイント、バイデンに至っては同18ポイントなのに、ヴァンスは同9ポイントだ。民主党の次期大統領候補の有望株とされるカリフォルニア州知事ニューサムのマイナス10ポイントよりもましだ。

 トランプ大統領の異例の2期目当選からまもなく1年。現時点でもっとも次期大統領に近い位置にいるのはヴァンスだろう。それは、こうした支持率調査だけが理由ではない。民主党には、良きにつけ悪しきにつけ、共和党に比べ「新しいアイデア」がないからだ。

 昨年の米大統領選を前に上梓した拙著『それでもなぜ、トランプは支持されるのか』で説いた通り、トランプはアメリカの混迷の原因ではない。結果だ。2001年の9・11テロ以来、21年のアフガン完全撤退まで続いた米国史上最長の戦争、冷戦後に急進展した経済グローバル化の破綻(08年リーマン危機)による重荷を一方的に担わされた中下層階級の崩壊が、16年に左右のポピュリズムの反乱を引き起こした。その結果、共和党はトランプという闖入者(ちんにゅうしゃ)に乗っ取られ、民主党も部外者である民主社会主義者サンダースに乗っ取られかけた。乗っ取られた共和党側では、ニューライト(新右派)と呼ばれる新たな思想集団の「新思潮」が渦巻きだした。

 これに対し、民主党側では旧来の主流派(1980年代に企業寄り政党化を進めた「ニューデモクラッツ」)が居座ったままで、党を刷新するような新しいアイデアがほとんど出てきていない。サンダースら民主社会主義勢力(欧州の社会民主主義に近い)から大きな圧力が掛かっていて、主流派はこれを抑え込むのに躍起になっているだけだ。人々は大きな改革を求めているのに、これでは民主党が嫌われるのは当然だ。党の支持率はトランプや共和党より低く、1990年以来最低の水準である3割程度に下がった。先ほどのVoxの分析では民主党側の主要政治家で人気がダントツなのは、実は党員でもない反乱者のサンダースなのだ。ある意味で当然だろう。知人の元米外交官(民主党支持)は「がむしゃらに戦う政治家(ファイター)が彼ぐらいしかいない。あとは金儲けしか考えてない」と嘆いた。

1  2