ルポ 日本見限るベトナム人技能実習生――日韓台の外国人労働者争奪戦が始まる
「日本の監理団体を接待」も今は昔
日米金利差の拡大やロシアのウクライナ侵攻により、2022年3月頃以降、円安が加速した。送り出し国の通貨に対しても同様で、ベトナムの通貨ドンは24年に一時1円160ドンを切った。ベトナム人実習生が増加した10年代は、200ドンを上回る水準だった。
日本への留学経験があり、送り出し機関の経営にも長く携わるヴァー・ヴァン・クエットさん(38)は、円安の影響をこう話す。
「同じ給料をもらっていても円安で送金額が2〜3割目減りした。物価も上がり、日本は稼げない国になったと人気が落ちた。実習生が送り出し機関に支払う費用の総額は、コロナ禍以前は約7000ドルだったが、今は1000ドルほど下がっている。最盛期は1万ドル以上払ってでも日本を目指す者がいたが、今は値下げしても募集に苦戦している」
その「最盛期」を、筆者も見た。
18年、ハノイ市内のホテルFにいた。実習生の送り出しに携わる関係者には知られた「名所」だ。
日が暮れると、ベトナムの送り出し機関の職員が先導する日本人御一行が、ホテルの地階に吸い込まれていく。筆者もそれに続いた。
胸元を露わにしたドレスをまとう若い女性たちから、日本語で「イラッシャイマセ」と出迎えられた。
正面にステージがあり、左右にカラオケ付きの個室が並んでいる。個室の中を覗くと、日本人らしき男が股の間に女性を座らせ、後ろから抱き抱えながらマイクを握っていた。
店で「ママ」と呼ばれるスタッフからこう説明を受けた。
「気に入った女性がいれば、自分の部屋に連れて帰れます。ショート(2時間)は150ドル、ロング(朝まで)は300ドルです」
ある送り出し機関幹部の証言。
「求人票欲しさに、ベトナム現地での飲み食いは当然のこと、観光やゴルフ、買春クラブでまで、送り出し機関の接待が行われていた。これらの負担は回り回ってベトナム人実習生が負い、多額の借金を背負って来日する原因になっていた」
過剰な接待と共に行われていたのが「監理団体」へのキックバックだ。監理団体は政府から認可を受けた団体で、実習生が技能実習計画通りに働いているか、企業が適正な賃金を支払っているかなどを監理し、実習生を保護する役割を担う。
実習生の雇用はこの監理団体を通じて行う必要があり、海外の送り出し機関のカウンターパートになる。キックバックは職種により多少異なるが、一人の採用につき約1000ドルを送り出し機関が支払う。
「監理団体が10社あれば、6社は要求してきた」(同前)
雪だるま式に費用が膨れ上がり、実習生から1万ドル以上もの金額を徴収する送り出し機関が現に存在した。酷い話だが、逆を言えば、それでも日本を目指す若者がいた。
ただ、これも今は昔。冒頭で紹介した通り、募集コストが経営を圧迫し、接待をする余力などない。
昨年6月、ホテルFに再度、足を運んだ。客層が一変していた。
店の管理者はこう話した。
「以前は客の8割が日本人でしたが、今は半数程度が台湾人。中国語の勉強を始めた女性キャストも多い」
皮肉にも円安による日本の魅力低下で健全化した送り出し業界だが、うまい汁を吸っていた一部の監理団体は面白くない。円安に加え、母国の成長により、ベトナム人実習生が求める賃金水準も高くなった。
実習生の賃金は総じて最低賃金水準にあるが、それではもう人が集まらない。国民経済の平均的な豊かさを測る一人当たりGDPは、ベトナム人実習生が増え始めた11年の1951ドルから、23年には4282ドルまで上昇(世界銀行)。一般に3000ドルは消費行動のターニングポイントとされ、モータリゼーションが進むなど、経済成長が早まる。
円安やベトナムの現状に鑑み、賃上げに踏み切る企業もあるが、限定的だ。本稿執筆にあたり、8社の送り出し機関幹部から話を聞いたが、コロナ禍前と比べ「3割程度、求人票が減っている」と口を揃えた。