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岩田健太郎 合理的にリスクを取って豊かな日常生活を

岩田健太郎(神戸大学都市安全研究センター教授)
岩田健太郎氏
「日本では好き嫌いや快不快の問題が、容易に良い悪いの問題に変換される傾向がある」と指摘する、感染症専門医の岩田健太郎・神戸大学教授。「自分の好き嫌いは、果たして公共に適用できる類いの価値の問題なのか、個人的な好みでしかないのかはしっかり吟味しなければならない」と語る。
(『中央公論』2023年12月号より)

コロナ下で迫られた「価値の交換」

 健康や病気について考える時、いや、生活のあらゆる側面で、「価値の交換」を意識して判断することが重要だと私は考えている。

 例えば、新型コロナウイルスが世界的に広まり、ご高齢の方、特に80歳以上の方の死亡リスクが非常に高かった2020年ごろの状況を思い出してもらいたい。まだワクチンもなく、先の見えない中で、私たちは、高齢者の生命という「価値」と、行動制限によって失われる「価値」のどちらを取るかという価値の交換の議論を迫られた。

 結果としてアメリカでは100万人以上、イギリスでも20万人以上の方が亡くなった。日本の死亡者は2023年の時点でも7万人程度、両国と比べると比較的低く抑えることができたと言えるだろう。

 こうした価値の交換は、コロナの初期に限ったことではない。例えば大型台風が来る時に、「できるだけ外出しないようにしましょう」と言われたり、場合によっては新幹線が止まったりする。その不便さと、災害による被害の大きさを勘案して私たちは価値の交換を行っている。

 つまり、病気や健康に関わる場面だけでなく、災害による被害でも価値の交換という考え方は適用できるのだ。その意味では、私たちは日常的にほとんど無意識のまま価値の交換を行い、何かを選んでいると言えるだろう。

 価値の交換において大事なのは、それに伴う利得と損失をきちんと判断できるかどうかである。例えば、大型台風が上陸している時に田畑を見に行くメリットと、自分が水に流されて死んでしまうデメリットがある。どちらのほうが得かと理性的に考えれば、わざわざ田畑に行くことのデメリットのほうがはるかに大きいという判断になるはずだ。

 オフィスワーカーが、台風の最中に会社に行って仕事をするべきかどうかについては、昨今のテクノロジーの進歩によって判断基準が変わってきた。リモートワークが普及し、エッセンシャルワーカー以外なら自宅でも仕事ができるようになり、台風の中を会社に行くデメリットが相対的に大きくなっていて、以前に比べ、家で仕事をするという判断のほうがより合理的になってきているはずである。

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