【追悼】稲盛和夫さん「哲学なきベンチャーは去れ」
若いベンチャー経営者に贈る言葉
若いベンチャー経営者、そしてこれからベンチャービジネスをめざそうという人たちに言いたいのは、志を高く持ってもらいたいということです。すばらしい理想的な企業体を作り上げ、事業を長い時間、それこそ永遠の終わりなき競争の中で運営していける事業家になってもらいたい。本物の事業家というのは、社員にも周りにもすばらしいと認められる事業を末永く運営していける人のことを言うのです。そもそも、事業を運営していくということは、仕事をしている社員も、出資してくれた株主も、商品を買ってくださるお客様も巻き込んでいく、非常にすそ野の広い営為なのです。だから事業運営が健全に機能したときには、社会に大きな好ましい効果を与えることができるのです。
逆に、とんでもない失敗から事業が頓挫したりすると、その事業が急成長していればしているほど、かえって世間に対して大きな迷惑をかけることになる。地味だけれど、末永く発展し、世の中に貢献していく、まさに修行僧のように自分を律する姿勢が求められているのです。
事業というのは正直なもので、やり方がまずいと絶対に長くは続かない。それはひとえに経営者の資質に依ります。経営をする人間の資質、人間性に問題があるかないかは、短ければ10年のスパンでわかる。やはりだめなものはだめになるし、いいものはたとえ最初は苦戦しても、必ずよくなる。もし10年でわからなくても(こういうケースもたまにある)、20年のスパンで見るとだいたい判明します。そして最長で30年、資質を磨いていい経営を続ければ、ずっと成長することができるでしょう。ただ、30年という長きにわたって成長し続けるには、経営者がよほどしっかりした人生観、経営哲学を持っていないと不可能です。日々、苦しい自己研鑽を積まない人には無理な注文でしょう。哲学なきベンチャー経営者はいずれ厳しい競争から淘汰されていくことでしょう。
本来、事業というのは金儲けやら経営者の功名心で手をつけるものではないと思っています。クリエイティブな技術や製品、サービスを一生懸命に開発してお客さんに喜んでいただく。そして会社が発展したならば、世間にきちんと還元していく。これを永久的に営々と続けていくストイックな営みなんです。こうしたベンチャービジネスの基本が最近はどうも忘れられているような気がしてなりません。
たとえベンチャー経営者として大きな成功を収めたとしても、世の中というのは自分の思うようにいかないものなんです。事業がうまくいったら、なおのこと世の中を怖れ、慎重に謙虚にならなければなりません。これを忘れるとどんなに賢い人でもおかしくなる。ところがいまの風潮を見ていると、残念ながら私が盛和塾などで言い続けたこととは全く違った方向に走っています。なんとか正しい方向に転換できないか。最近、私はベンチャーの先人として焦りに似た気持ちを抑えることができません。成功を夢見る若いベンチャー経営者に贈りたいのは次の言葉です。
「経営者として全き人格の研鑽を追求して、自己を律せよ」
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稲盛さんは、8月24日に京都市内の自宅で老衰のため逝去されました。ご冥福をお祈りします。
1932年鹿児島県生まれ。1955年鹿児島大学工学部を卒業後、京都の碍子メーカーである松風工業に就職。1959年に京都セラミック株式会社(現京セラ)設立。1984年に第二電電企画株式会社(現KDDI)を設立。2010年日本航空会長に就任。1983年から2019年まで経営塾「盛和塾」の塾長。また、1984年には私財を投じ稲盛財団を設立。同時に国際賞「京都賞」を創設し、毎年人類社会の進歩発展に功績のあった人物を顕彰している。『生き方』『経営12ヵ条』など著書多数。