日本人は何を怖がってきたのか――現代怪談の変遷
「心霊」という概念
高度経済成長、学生運動が後退した1970年代の日本ではオカルトブームが勃興する。社会改革から個人の内面改革へ、近代科学のカウンターとしての霊性文化へ......。怪談界隈も例に漏れず、つのだじろうの漫画『うしろの百太郎』や、中岡俊哉らの紹介による「心霊写真」が大人気を博す。
ただ注意すべきは、これらコンテンツの根幹に「今、不思議とされる現象はただの迷信ではない。いずれ科学的に証明できる」との考えがある点だ。スプーン曲げなどの超能力の科学的検証、ネッシーなど未確認生物の探索と同じ立場であるし、そこが人気を博した理由でもあるだろう。「コックリさんをして、おかしな精神状態になった」体験談があれば、「低級霊を呼び寄せ、とり憑かれたからだ。仕組みは未解明だが、いずれ物理現象として証明されるだろう」と「専門家によって解説」される。一見、科学を否定しているようで、実はひたすら自然科学的な手つき(実際に科学として正当かはともかく)にて「本当にあった」かを判断する。
こうしたリアリティの捉え方は「心霊」なる用語に如実に表れている。心霊写真、心霊ビデオ、心霊スポット......「心霊」の語は必ず、物理的に見てとれるものに冠される。元は「精神の働き」(やや宗教色を含む)ほどの意味だった「心霊」だが、明治末頃から英米の心霊主義の影響を受けて変化。見えないはずの不思議が、見えて顕現する状況を表す「科学用語」として扱われていく。
特に頻出したキーワードは、やはり「心霊写真」だ。霊体や千里眼やエクトプラズムを写した「写真」こそ、死後も魂が存続する(=魂が観測可能な物質である)科学的物証と考えられたからだ。こうした心霊主義は後に、日本心霊科学協会や生長の家などに受け継がれつつ、70年代にポップ・カルチャー化した。
不思議を肯定する側とはいえ、心霊主義もまた現代怪談の立場とは異なる。今の日本で「スピリチュアル」と称される現代霊性文化とこそ親和性が高いだろう。現代怪談はむしろ、心霊主義の疑似科学的立場と決別することで自立したのだ。時期としては平成初期のことで、これは同時に「都市伝説」と怪談が決別するタイミングでもあった。
1980年東京都生まれ。早稲田大学卒業後、ライター・編集活動を開始。オカルトや怪談の研究をライフワークとする。著書に「オカルト探偵ヨシダの実話怪談」シリーズ、『禁足地巡礼』『日めくり怪談』『一生忘れない怖い話の語り方』など多数。