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高畑鍬名(QTV) 平成のタックアウトから令和のタックインまで

Tシャツから見えてくる時代
高畑鍬名(QTV)[タックイン研究者]
 Tシャツの裾を出すか、たくしこむか――。このささやかに見えるファッションの違いから、タックイン研究者の高畑鍬名(QTV)さんは時代の変化も読み取っていく。
(『中央公論』2022年2月号より抜粋。写真は2021年6月1日、渋谷と原宿で著者撮影)

流行と書いて同調圧力と読む

「お母さん全然わかってない。Tシャツ出してると笑われるんだよ」

 中学1年生の娘をもつ私の知り合いが、Tシャツの裾をズボンに入れている自分の娘に「ダサくないの」と指摘して、溜息まじりに返された一言に、私は強い衝撃を受けている。私が同じく10代だった2000年代と、ファッション観が反転しているからだ。

 Tシャツをタックインすること。つまりズボンの中にTシャツの裾をたくしこむことは、とんでもなくダサいファッションだった。2005年に流行した『電車男』の主人公がチェック柄のシャツを「イン」していたように、タックインは長らくオタク的なファッションとして嘲笑を浴び続けてきた。

 だがしかし。

 今や街に出れば若者たちの多くがTシャツの裾をタックインしている。この流行の秘密が、冒頭にあげた中学生女子の言葉から読み取れる。2020年代に生きる10代は、Tシャツの裾を中に入れないとバカにされてしまうのだ。

 Tシャツの裾を出すのか。入れるのか。そんな些細な違いで周りにバカにされる世界。これは一体なんだろう。

 実は30年前にも似たような現象が起きている。

 1991年6月1日。

 この記念すべき一日に東京の若者たちの間でTシャツの裾出しが一般化した、という観測記録(後述)がある。その頃から人々は徐々に「Tシャツの裾を入れたままの姿」を時代遅れのダサいものとして認識していく。

 ところが。そこから30年後の2021年。若者たちの間では「Tシャツの裾を出しているファッション」が笑われるのだ。

 Tシャツの裾を入れたり出したりすることが、時代ごとに大きな流行スタイルを生み、周囲にバカにされてしまうほどの同調圧力をもつ。

 とても奇妙な話である。

 2014年に書いた修士論文のなかで日本人とシャツの裾について調査を行い、一つ痛感したことがある。戦後から平成にかけてのファッション雑誌を舐めるように読んでわかった。人々はファッションの流行を必ずしも楽しんでいるわけではないのだ。ほとんどの人間にとっては「バカにされないこと(=限りなく透明になること)」が流行ファッションにおける最重要項目になっているのではないだろうか。

 そして。ここでの問題は、メディアが率先して同調圧力を生み出しているということだ。

 どの時代のファッション雑誌も、他人をバカにするための言葉を用意している。流行の着こなし方を指南して、ああしてはいけない、違う違うこうしなさい、さもなくば流行に遅れてしまいますよ......そうやって読者に強迫観念を植えつける。

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