高畑鍬名(QTV) 平成のタックアウトから令和のタックインまで

Tシャツから見えてくる時代
高畑鍬名(QTV)[タックイン研究者]

渋カジが変えた景色

「渋カジ」は「渋谷カジュアル」の略称で、1989年にメディアを大きくにぎわせたストリートファッションのスタイルである。

 同年の『Hot-Dog PRESS』4月10日号では「"渋カジ"、そのファッションから生態まで、徹底研究マニュアル」という特集が組まれている。「渋カジ」とは、私立大学の付属高校の生徒たちが服を着崩すスタイルで、「ジーンズを基本に、定番アイテムを組み合わせわざとだらしなく着るの""渋カジ"の特徴だ」と紹介されている。

 ビームスの創設者・設楽洋(したらよう)は渋カジについてこう語っている。

「『ポパイ』などで、マニュアルがあふれて、若者はインプットばかりされてきた。それが八〇年代の終わりになって、やっと自分たちで自分たちのスタイルを加工・編集しはじめた。その象徴が渋カジです」(『永遠のIVY展――戦後のライフスタイル革命史』日本経済新聞社編)

 ユナイテッドアローズのクリエイティブディレクション担当の粟野宏文は次のように語っている。


「『渋カジ』はいわば誰が仕掛けたわけでもなく自然発生的に生まれた本当のストリート・ファッションなわけで、誰かが今年は何ですよ、と作っていくのではなく、自然とファッションが生まれるようになった」(『Hot-Dog PRESS』1990年5月25日号)

 ビームス、そしてアローズという、当時をよく知る「セレクト・ショップ」のディレクターたちが語るように、渋カジは、ファッション誌ではなく、街が生んだストリートファッションだった。路上の若者に先を越されてしまったファッション誌は、「わざとだらしなく着る」という彼らの特徴をテクニック化して誌面で紹介していくことになる。

中央公論 2022年2月号
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高畑鍬名(QTV)[タックイン研究者]
〔たかはたくわな〕
1984年東京都生まれ。2004年、映画『紀子の食卓』に衣装助手として参加。その後、映像関係の仕事に携わる一方、10年よりタックイン/アウトの研究を本格的に開始。14年早稲田大学文学学術院の表象・メディア論コース修了。21年初の個展「1991年の若者たちがタックアウトしたTシャツを2021年の君たちは」を開催。



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