有國明弘 黒人が生み出した「ストリートの知恵」――ヒップホップは何を映し出すか

有國明弘(大阪市立大学大学院文学研究科後期博士課程)

ヒップホップに節合される政治的身体表現

 NFLは近年の人種問題と大きく関係している場でもある。16年、NFLのスター選手だったコリン・キャパニックは、国への敬意を表するため通常は試合前の国歌斉唱時に起立するところ、アフリカ系アメリカ人に対する警察の暴力を看過する国に敬意は払えないとそれを拒否し、片膝を立てひざまずく姿勢で抵抗を示した。

 これは異例の出来事であり、当時のトランプ大統領も彼の不敬な態度を非難し、所属チームもコリンの契約を早期終了するまでに至った。彼のこの勇気ある抗議行動は、大統領への抵抗と相まって、NFLだけでなく他のプロスポーツにも広がり、多くの選手がコートで膝をつく姿が見られた。

 この事態にNFLは、国歌斉唱時に膝をつく選手を処罰する方針を示した。だがこのパフォーマンスは、20年に起こった、黒人男性ジョージ・フロイドが白人警官の暴力により亡くなった事件をきっかけに、人種差別への抗議を示すBlack Lives Matter運動の象徴として用いられるようになっていく(※4)。

 このような文脈の中、エミネムはハーフタイムショーで自身のパフォーマンスが終了した直後、NFLの偉大な選手でもあるコリン・キャパニックの勇気ある行動へのリスペクトと、エミネム自身の立場表明として、ステージ上で膝をつき、頭を手で押さえて深く下げた。

 LA近郊で開催されたNFLのハーフタイムショーで、ヒップホップの本場たるLAにゆかりのあるラッパーらによるパフォーマンスが行われたことは、ヒップホップ史にとって重要な意味を有している。

 さらにエミネムの膝をつくというパフォーマンスは、彼の白人としてのヒップホップへの向き合い方を体現しているとともに、人種差別抗議運動のきっかけが生じたNFLのスポーツの空間を、幾重もの意味が重なった政治的な空間へと読み替える行為であったとも言える。こうした視点からこの日のショーを捉えると、ヒップホップの文化的意味をより一層理解してもらえるのではないだろうか。

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