秋草俊一郎 世界文学全集の「3000万読者」は誰だったのか

秋草俊一郎(日本大学准教授)

世界文学全集と「生活のことば」

 戦後、全集ブームとともに、世界文学全集はさまざまな版元から刊行されるようになるが、円本版『世界文学全集』によって創始された広告戦略は社や年代を超えて一貫していた。世界文学全集は、その時代時代の「生活のことば」で語られたと言っていい。

 後述する河出書房新社のグリーン版『世界文学全集』は、1959年の刊行開始間もない時に、「クリスマス・プレゼントに、スキーの友に、充実した冬休みのためにもこの一冊!」という惹句を付して宣伝された。コピーの背景には61年を頂点とするレジャーブームがあった(また「クリスマス・プレゼント」「冬休み」といった文言も、後述する対象読者の点で重要である)。

 68年に刊行がスタートした集英社『世界文学全集デュエット版』は、定期購読者に抽選でペア(デュエット)・ヨーロッパ旅行に招待するという特典を掲げていた。海外渡航が自由化され、一般人が観光目的で海外旅行に行けるようになったのが64年のことである。インターネットもない時代、庶民が国外事情や外国生活について知る手段は新聞などのニュースしかなく、それこそ外国文学を読むことで想像を膨らませていたのである。

 洋食、ラジオ、スキー、海外旅行......それぞれの時代に、それぞれの「生活のことば」とセットにして、世界文学全集は販売されてきた。昭和のある時期までは、生活水準の向上は生活の欧化とほぼ同義であり、西洋の近現代文学を集積した世界文学全集はまさに(新潮社の円本版『世界文学全集』が謳ったように)その「好箇のバロメータァ」として機能した。こういった点を考慮すると、世界文学全集のある種の「耐久消費財」としての性格が浮かび上がってくる。円本版『世界文学全集』の広告で、佐藤義亮は全集を読破するのではなく、家庭に備えつけて「一日一時間の接触」をと提唱したが、これも世界文学全集のそうした商品としての性質を先取したアイデアだったろう。

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