不評だった映画のタイトル、『対話と構造』から『私のはなし 部落のはなし』に変えるまで。「部落問題」を描くために必要だったこととは?

満若勇咲監督×瀬尾夏美さん 『「私のはなし 部落のはなし」の話』刊行記念トークセッション
取材文・撮影=朝山実

不評だった仮タイトル「対話と構造」

瀬尾 あらためてなんですが、この映画のタイトルにある「私」。これは出演されている一人ひとりの「私」という意味で使われているのですか。

満若 このタイトル、じつは撮影中は決まっていなくて、最終的なタイトルは3時間バージョンが上がったときに付けました。それ以前の仮タイトルは「対話と構造」でした。

瀬尾 へえー、ぜんぜん違いますね。

満若 スタッフからは「硬すぎる。こんなんじゃお客さん入らないよ」とさんざんでした。ただ、「対話」を軸にした映画にするというのは、構想段階から決めていたんです。ひとつには、酒井耕監督と濱口竜介監督の東北記録映画三部作(『なみのおと』2011年、『なみのこえ 気仙沼』『なみのこえ 新地町』、『うたうひと』2013)という、ひとびとの語りだけで作ったドキュメンタリー映画があるんですが、それを観たときに「語り」だけでも映画はつくれると思い、そのあと瀬尾さん、小森さんの映画『二重のまち/交代地のうたを編む』(2019年製作)を観て確信をつよめたんですね。

それで取材をしていくと、みなさん「自分語り」がとても上手なんです。そういったこともあって、「部落問題」を描くにあたって「対話」を軸にしようと考えました。最終的にこのタイトルに落ち着いたのは、歴史を遡ると「被差別部落」というのは、時代によって異なる呼び方をされてきた、外の「誰か」の語りによってつくられてきたものだということ。そうして外から「語られる」ことによって差別が残ってきた。ぼくは、これを打破するには「語り返す」必要があると考えたんですね。

瀬尾 なるほど。

満若 ここで大事なのは順番で。個人の集合として「部落」は形成されてきたのであるから、まず個人を「個」として見ていくことが大事ではないか。そうでないと、外部からの「差別的な語り」を乗り越えていくことができない。個人個人の「はなし」を大事にしたうえで、集合として「部落」というものが見えてくる。そういうイメージを託しながらこのタイトルを付けました。

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