草彅洋平 フィンランドサウナの誕生から「サ活」ブームへ

草彅洋平(編集者)

翻訳できない「ととのう」

 同時期にサウナを盛り上げる「環境」が整い、19年のブームの前触れとなった。その最大の功労者は17年にスタートした、全国のサウナを探して楽しめるポータルサイト「サウナイキタイ」だ。4人のサウナ好き有志が始め、現在では約1万の施設の登録がある「サウナイキタイ」は、サウナ室の収容人数からストーブ、水風呂の温度、テレビの有無、休憩椅子の数まで、詳細なデータが最大の魅力だ。

 22年10月にドイツのシュトゥットガルトで開催された国際サウナ会議では、日本代表として登壇。膨大なデータベースとサ活(サウナ活動)の熱量を紹介、世界でも類を見ないものとして、参加者に衝撃を与えた。

 またTTNEが、18年11月11日の"ととのえの日〟に、プロサウナーたちの厳正な審査により選出された〝今行くべき全国のサウナ施設〟上位11位を表彰する、サウナ界のミシュラン「SAUNACHELIN(サウナシュラン)」を発表。毎年発表されることにより、サウナに対する注目度が年々上がっていく状況も作られた。

 そして既存の「施設」のフィンランド化がある。サウナを運営していた施設側が、日本特有のドライサウナからフィンランド式サウナにストーブを変更したり、よりエクストリームな方向にアップデートさせ、良い意味での独自路線を進化させた。

 一例を挙げれば、18年初夏に大幅リニューアルした熊本の「湯らっくす」が革新的だった。当店は瞑想ができる「メディテーションサウナ」を新設。テレビがある従来のサウナとは別のフィンランド寄りのものを打ち出した。さらに深さ171㎝(女性用は153㎝)の立ったまま入れる水風呂を設置。壁に付いたボタンを押すと、熊本の天然水が滝になって落ちてくる「水風呂マッドマックス」は、日本で一番深い水風呂として全国のサウナーに知られ(当時。現在の日本一は愛知県「KIWAMI SAUNA」と「キャナルリゾート」の水深2m)、熊本の観光地ランキングで熊本城と一二を争うほどの人気施設となった。

 こうして万全のお膳立てができた状態で、タナカカツキ氏の『マンガ サ道』が19年にテレビドラマ化され、現在のブームが起こる。もともと『サ道』は、著者がサウナにはまってゆく過程をエッセイとイラストを交えて描いた書籍として、11年に発売されていた。それが『マンガ サ道』として14年に『モーニング』にて読み切り掲載され、15年より断続的に連載後、ついにドラマ化までされたのだ。

『サ道』に登場する人物が、サウナと水風呂、さらに外気浴を交互に行う「温冷交代浴」によってリラックス状態に突入した際に発する「ととのった~!」というフレーズが、一般視聴者やサウナ好きに周知されていく。テレビで連呼された結果、「ととのう」が「2021ユーキャン新語・流行語大賞」候補に挙がるほど浸透した。

 この「ととのう」こそが、日本独自のサウナ文化といっても過言ではない。フィンランドでは「ととのう」に置き換わる言葉は存在しない。そもそも彼らはととのうためにサウナ入浴をしているわけではないのだ。

(続きは『中央公論』2023年8月号で)

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草彅洋平(編集者)
〔くさなぎようへい〕
1976年東京都生まれ。公式フィンランドサウナアンバサダー。著書に『作家と温泉』『日本サウナ史』(第1回日本サウナ学会奨励賞文化大賞受賞)、編著書に『ものづくりのイノベーション「枯れた技術の水平思考」とは何か?』がある。
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