水野太貴「発音とアクセントはどう移ろうか――歴史言語学者・平子達也さんに聞く」

水野太貴(「ゆる言語学ラジオ」チャンネル)×平子達也(南山大学准教授)

発音にかかる負荷

「ことばの変化をつかまえる」となると、どうしても単語に目がいく。それは一つに、変化のスパンが比較的短く、観察しやすいからだ。

 しかし当然だが、発音もひそかに変化している。古文の授業を思い出そう。「返(かえ)る」が「かへる」となっていたり、「藤(ふじ)」が「ふぢ」となっていたりしていて、妙に思った覚えはないだろうか? これらは単に現代と表記が異なるからではなく、実際に発音が今とは異なっていたからだと考えられている。

 なぜ、ことばは音も変化するのだろうか? 音が変わってしまうと、コミュニケーションをする上で、相手に聞き取られなくなるリスクがつきまとうはずだ。それでもなお、言語の音は実際に変わり続けている。今回はこの謎について、南山大学の平子達也氏に話を聞いた。

「発音の変化は、基本的には発音時の負荷を軽減するため、言い換えればサボるために起こります。ことばの発音というのは、舌や唇などの調音器官を駆使しながら、基本的には肺から空気を出すことで行われますよね」

 例えば、タ行音の子音[t]はどう発音しているだろうか。ゆっくり「た」と発音してみると、舌の先端が歯茎(しけい)(歯ぐきではなく、歯の裏の根元あたり)に触れていることがわかる。そして、その閉鎖を一気に開放することで[t]の音が出る。

「このように、発音には調音器官のスムーズな運動が要求されるわけですが、次第に先取りしたり省略したりするようになるんです。

 車の運転を例にとりましょう。最初は左折一つとっても、緊張しますよね。ハンドルをどのくらい切ったらどれだけ曲がるのかわかりませんし、左折する前には左側に幅寄せしたり、その前にバックミラーやサイドミラーを見て、安全確認をしたりしなければなりません。教習所に通っていたころは、一つひとつじっくり丁寧にこなしていたと思います。ところが徐々に慣れて、作業を部分的に省略し、スムーズに運転できるようになる。音も同じ理屈で変化するのです」

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