『ザ・バックラッシャー』岡田索雲著 評者:三木那由他【このマンガもすごい!】

三木那由他
ザ・バックラッシャー/アクションコミックス(双葉社)

評者:三木那由他(大阪大学大学院人文学研究科講師)

「世の中が息苦しくなった」、「行き過ぎたポリコレやらコンプラやらで皆がびくびくとおびえながら生きている」、「多様性に配慮し過ぎて逆に社会が不寛容に」、......。そんな現代社会でかつての「自由」だった世の中を取りもどすために戦う仮面のヒーロー、それが「バックラッシャー」である。

 本作はほぼ現代の日本と変わらない社会を舞台にしている。違うのは、仮面をかぶった人々がそれぞれの思惑を胸に活動をしている点だ。

 かつての苛烈な性教育バッシングのなかで性教育の普及を図ってきたヒーローチーム「エデュケーターズ」は、フェミニスト系ライター文村知世(ふみむらちせ)扮する「フェミニスタ」のもと、性暴力や性差別に関する情報をようやく広く発信できるようになっている。その一方で、そうした社会の流れについていけず、鬱屈する者もいる。主人公の門倉莫(かどくらばく)もそのひとりだ。

 莫はかつて「ボンクラッシャー」を名乗り、仲間の「モラルバスターズ」とともにエデュケーターズの活動現場に赴いては性差別的な言動をぶつけ、エデュケーターズの妨害をおこなっていた。しかしいまは仲間たちも散り散りになり、ひとり自宅でサンドバッグを殴りつけるだけの日々である。

 しかし莫はその現状に不満を抱き、再びボンクラッシャーの衣装をまとい、「バックラッシャー」へと名前を改めて、誰が敵ともわからない戦いを始めようとする。

 あらすじからもわかるように、本作ははっきりとフェミニズム漫画である。ただし、いわば裏から見たフェミニズム漫画だ。女性やマイノリティの権利が保障されることを「剥奪」だと感じるマジョリティ男性が主人公となり、そのなんとも言えない惨めさを、滑稽に描く。

 とはいえ、莫は興味深い主人公でもある。莫は典型的なバックラッシャーであり、このレビューの冒頭に掲げた(もはやお馴染みの)言葉も莫自身が発するものだ。だが他方で、莫はかつての自分がエデュケーターズにぶつけた野次を不快に思う感性も、避妊具を使わない性交を何時間もかけて強要し譲歩させるのが性的同意に該当しないと判断する良識も持ち合わせている。言ってみれば、莫は当人も知らず、そして望んでもいないうちに、否応なしに認識がアップデートされているのだ。

 だからこそ、莫は孤独だ。しっかりとした人権意識を持つ人間には反感を持つが、かといって古い価値観をそのままに温存した人間に違和感を覚えずに済むわけでもない。けれど、ひとりでいるのは辛い。こうして莫は、正体不明の人物「スラッパー」にそそのかされながら、ただ価値観を共有する仲間を集めることだけを目的とした仲間探しという虚しい活動へと赴く。

 本作はまだ1巻しか刊行されておらず、莫のこの後の物語がどうなるかはわからない。しかし、アメリカの大統領選、日本の参院選など、バックラッシュの気配が色濃くなりつつあるいま、本作はほかにない独特の魅力を放っているように思える。


(『中央公論』2025年10月号より)



中央公論 2025年10月号
オンライン書店
  • amazon
  • 楽天ブックス
  • 7net
  • 紀伊國屋
  • e-hon
三木那由他
大阪大学大学院人文学研究科講師
1