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「体験者から直接聞けない世代」が戦争を問うということ 戸部良一×小山俊樹

戸部良一(防衛大学校名誉教授)×小山俊樹(帝京大学教授)
戸部良一氏×小山俊樹氏
 遠くなった「昭和の戦争」について、満洲国や支那事変などの史実を踏まえつつ二人の研究者が語り合う。そこからは歴史研究の役割なども考えさせられるだろう。
(『中央公論』2021年9月号より抜粋)

遠くなった「昭和の戦争」

小山 今回の特集は「昭和の戦争、令和の視点」ですが、私の感覚では、昭和の戦争は遠くなったと感じています。多くの人にとって、あの戦争が今の我々の社会と直接繋がっている、という意識はずいぶん希薄になっているのではないでしょうか。

 かつては戦争責任をめぐる議論や戦前/戦後で社会は連続しているのか断絶しているのかといった議論が盛んに行われていました。しかし、近年ではそういった論争自体が退潮しつつあり、関心は「戦後」に移っているようです。

 若い人たちが戦国時代や幕末を語る時、それがエンターテインメント化やキャラクター化されて自分たちの生きている時代とは切り離された、ある種の記号として語られるわけですが、昭和の戦争も記号化されつつあると言えるのかもしれません。

戸部 もう30年くらい前でしょうか、あるシンポジウムの懇親会の場で、臼井勝美先生から「戸部さんのような世代には、あの戦争はどう見えるの?」と聞かれ、「関ヶ原合戦と同じですよ」と答えたのをよく覚えています。聞いてきた臼井先生は1920年代生まれで戦争が同時代だったのに対して、1948年生まれの私は世代が違いますよ、という意図の発言でした。

 ただし、私の父は戦地から帰還しているので、戦争のことは父がよく話してくれました。その後、学校では「ひどい戦争だった」と教わり、読書などから得た戦争の実情が父から聞く話と同じであったり違っていたりして、それがもっと勉強したい、研究したいという動機付けになりました。「関ヶ原合戦と同じです」とは言ってみましたが、父から聞く昭和の戦争は、今の若い世代よりもずっと身近だったわけです。

小山 私は1976年生まれなのですが、祖父がジャワに従軍していて、戦地の話をしてくれました。日常的に戦争の話を聞いていたことは、研究者となった現在の私にも大きく影響しています。私の場合は2世代前から、戸部先生は1世代前から戦争体験を聞いていたわけですが、体験者から直接話を聞くことができない若い世代にとっては、戦争のイメージはまったく違ったものになるのでしょう。

戸部 生き証人がいなくなることが社会的にプラスであるのかマイナスであるのか、私にはよくわかりませんが、研究の分野ではプラスに働くこともあるだろうと思います。新しい世代の研究者には、我々とは違う見方を持つ人が出てきています。

小山 そうですね。昭和の戦争が遠ざかりつつあるからこそ、若い世代の研究テーマは、現在の社会や政治にストレートに結びつくような傾向があります。近年研究が盛んなテーマだと、まず一つ目に人々の生活や社会に関する研究が挙げられます。戦時下に女性の地位はどう変わったのか、農村はどう組織化されたのか、都市部の大衆文化はどう変化したのか、といった人々の生活や動向に焦点を当てた研究が進んでいます。市井の人々の生活から戦争を捉え直そうという視点です。

 二つ目は戦前の政治史、その中でも1920~30年代をテーマにした重厚な研究がたくさん発表されています。少し前まで昭和戦前の政治史研究なんて見向きもされなかったのが、近年では一変しました。背景には、混迷する時代の政治状況を振り返り、そこから何かを学ぶという問題意識があります。生活・社会史の研究も政治史の研究も、現在との関連性を強く持っている点に特徴があると感じています。

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