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せっかくの金融危機を世界は無駄にしている

ロナルド・ドーア(社会学者)

世界各国に広がったデモの特徴

 雑誌『WIRED』によると、アメリカ・ウォール街占拠運動への参加者は、「ブツブツ文句ばかり言う汚いヒッピー」より、ウィキリークスと同様のハッカー精神を持った「ギーク(コンピュータやネットに関して卓越した知識を持つ人)」が多いという。その点では、先日の東京での、お祭りのようだった反原発デモに似ており、八月のロンドン、十月のローマでのデモが暴動にまでエスカレートし、多くの負傷者を出したのとは様相が違う。

 私は温暖化対策として原発は欠かせないものだと思っているがそれはさておき、ウォール街や東京の平穏な抗議デモも、暴力的になったロンドンなどのデモも、これまでのように組合や政党などの組織が動員したものではなく、ツイッター、インターネットを使った "個人動員"という二十一世紀型の現象であることを指摘したい。江戸時代、凶作にもかかわらず年貢が軽くならず、あちこちで百姓一揆が起きたとき、もしツイッターがあったとしたら、幕藩体制は三〇〇年も続かなかっただろう。

 ただ、ウォール街や東京の「五万人集会」と、ロンドン、ローマとでは、流されたメッセージが違っている。両者ともに、「××が酷いと思わない? 抗議デモに行こう」という内容だったが、ロンドンやローマでは加えて、「今晩ポリ公/移民/黒人をやっつけるから、面白いぞ。来いよ」というメッセージもあった。若年失業者の数が増え続けている今日、社会から疎外されて暴力に走る傾向がある彼らに、いかにして希望を与え、社会の一員であるという意識を植え付けるかが大きな課題となっている。

ギャンブルに走った銀行

 ウォール街のデモに参加している、『WIRED』のいうすぐれて頭のいいギークも、暴力こそ振るうことはなくとも、現在の社会体制に対してゲリラ戦を行っていることは間違いない。世論調査でニューヨーク市民の六七パーセントがデモ参加者に同情的だというのも驚くことではない。近年「世界経済の金融化」を研究テーマとしてきた私としても、これは「正義の戦争」だと思う。金融市場を厳しく規制する法律、すなわちドッド=フランク法が実際に効力を発揮できるか骨抜きにされるかがまもなく決まる時期であり、デモはそのカギを握っているからだ。

 詳しく説明しよう。銀行の最も重要な機能はいわゆる「満期返還」である。一方で、客の預金を使って、実体経済を動かす企業へ短期・長期の貸し出しを行うという役割もある。預金が引き出される推定率、貸し出しの量と利率、短期・長期のバランス、不良債権になる可能性などを計算して、それらの釣り合いを保つのが本来の銀行業の妙味である。

 ところが、そういう地味な仕事─預金に対して払う利子と債権の利子との利ざやで利益を上げること─に満足せず、預かった膨大な資金を、うまくいけば大きな儲けが期待できる証券、土地、物品などの市場での投機的売買に使うという誘惑が、常に銀行にはある。

 銀行がそういうギャンブルに足を踏み入れたことが一九二九年の大恐慌の大きな原因の一つであった。銀行は軒並み倒産し、預金者が大損するばかりでなく、実体経済も機能不全に陥った。そこから生まれた治療法が、グラス=スティーガル法(一九三三年)であり、これによって商業銀行と投資銀行の分離が強制され、一般市民の預金を使ってリスクの大きい投機的投資はできないようになった。その思想は、戦後日本で作り直された金融制度─都市銀行、開発銀行、信託銀行、証券会社など分野ごとに金融機関を特化させた─にも体現された。

 ところが、ウォール街の銀行屋たちはこうした規制に束縛されたままでいようとは考えなかった。金融業の政治的な力が増してくると(米国の全法人利益に金融業が占める割合は、一九四〇年代に七〜八パーセントだったのが、二〇〇〇年には四〇パーセントとなった)、共和党はウォール街と同盟を結んだ。一九九八年の中間選挙で共和党が勝つと、クリントン大統領はグラス=スティーガル法を廃止する法案にサインせざるをえなかった。

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