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習近平の力量不足がもたらす新たな権力闘争

矢板明夫(産経新聞中国総局(北京)特派員)

 中国人民解放軍のなかで、革命を成功させた毛沢東は神様のような存在だ。若い頃に中央軍事委員会に三年ほど勤めた習氏はこれを熟知しており、いまは一所懸命努力して、少しでも自分を毛沢東に近づけようとしているようだ。

対日強硬は自信のなさの表れ

 尖閣諸島(沖縄県石垣市)をめぐり、最近、日本と中国が激しく対立している。双方とも相手に譲歩する気配を全く見せていないため、対峙は今後もしばらく続きそうだ。「日中関係が回復する時期」について、中国のある外務省高官は「安倍晋三首相の任期中はまず無理だろう。長ければ習近平主席の任期中も無理かもしれない」と話した。

 習近平氏の任期はあと約一〇年続くと予想される。この高官の言葉は、いまの日中対立を主導したのが習氏であることを示唆している。

 中国国内では、日中関係の悪化は二〇一二年九月、野田佳彦民主党政権が尖閣諸島の国有化を決めたことに端を発しているといわれている。しかし、複数の中国共産党筋は、本当の原因は中国側にあるという。二〇一二年八月に中国の対日政策の主導者が、穏健派の胡錦濤氏から強硬派の習近平氏に代わったことが原因だというのだ。

 習氏は、胡政権による対日協調路線が中国の国益を損なったとして、これを実質的に全面否定し、日本との対決姿勢に転じたのである。党大会前の派閥間の主導権争いも背景にあると指摘されている。

 実は、胡政権は同年七月まで、日本との交渉のなかで、日本政府の尖閣国有化についても条件付きで容認する姿勢を示していた。このため、日本の外務省は「国有化しても日中関係に大きく影響しない」との感触を得て、国有化を推進した経緯があった。しかし、同年の八月十日に韓国の李明博大統領が竹島(島根県)に上陸し、韓国の主権を主張すると、中国国内の状況が一変した。「ロシアも韓国も領土問題で日本に対して強気なのに、なぜ、中国だけが弱腰なのか」「いままでの対日外交が失敗だった」との批判が党内から上がり、保守派らが主張する「国有化断固反対」の意見が大半を占めるようになったという。

 九月初めには、胡主席を支えてきた腹心の令計劃氏が、政権の大番頭役である党中央弁公庁主任のポストを外され、習派の栗戦書氏が就任した。政策の策定・調整の主導権が習氏グループ側に移ったのだ。そして、軍内保守派に支持基盤をもつ習氏は、日本の尖閣国有化に対し、強い対抗措置をとった。胡氏はこれまで日本製品の不買運動や大規模な反日デモの展開には否定的だったが、習氏はこれを容認し推奨した。

 また、国連に対し東シナ海の大陸棚延伸案を正式に提出することも決定。尖閣周辺海域を中国の排他的経済水域(EEZ)と正式宣言することに道を開き、日本と共同で資源開発する可能性を封印した。これは、二〇〇八年の胡氏と福田康夫首相(当時)の合意を実質的に否定する意味を持つ。このほか、中国メディアの反日キャンペーンや、尖閣周辺海域に監視船などを頻繁に送り込むことも含め、すべて習氏が栗氏を通じて指示したことだという。

 習氏が対日強硬姿勢をとる背景には、前任者を否定することによって、強いリーダーのイメージを作り出し、軍・党内の支持基盤を固める狙いがあると指摘される。ある改革派知識人は習氏について「最高指導者としての権威がほしくて焦っている」と指摘している。

 これまでの中国の最高指導者が党内における自身の求心力を高めるために、外国との戦争を仕掛けたことはよく知られている。初代の毛沢東は建国直後に朝鮮戦争に参戦し、米軍と戦った。文化大革命後に最高権力を握ったトウ小平は、改革開放をはじめると同時にベトナム侵攻を行った。

 三代目の江沢民氏は九三年ごろから実権を掌握しはじめたといわれているが、その三年後に台湾海峡で大規模なミサイル演習を行い、台湾の総統選挙を威嚇した。四代目は穏健派といわれた胡錦濤氏が登場し、戦争はしなかったが、北京五輪を開催し、これを国威発揚の場とした。

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