習近平の力量不足がもたらす新たな権力闘争

矢板明夫(産経新聞中国総局(北京)特派員)

 習氏も前例に倣い、尖閣問題で軍事行動をとることを考えている危険性がある。尖閣を占領すれば、習氏は一気に中国の「民族英雄」として歴史に名を残すことになるからだ。

 二〇一三年一月、中国人民解放軍の軍令機関である総参謀部を通じて、全軍に対し二〇一三年度の任務として「戦争の準備をせよ」と指示した。これは、「尖閣開戦への準備ではないか」と国内外で大きな話題となった。その後、習氏と同じ太子党グループの軍幹部が次々と中国メディアに登場し、「日本との戦争は避けられない」といった戦争を煽る発言を繰り返した。

 習氏は二〇一三年三月と六月に、ロシアと米国をそれぞれ訪問し、日本と対立する尖閣問題をめぐり支持と理解を求めたが、いずれも成功していない。とくに米カリフォルニアで行われたオバマ大統領との会談で、習氏は一時間半にわたり尖閣問題における中国の立場を説明したが、全く相手にされなかった。中国共産党内では「習主席の主導した外交が失敗したため、中国はますます孤立した」といった声も聞かれるようになった。

 尖閣問題では米露が共に日本寄りの立場をとったため、軍事行動は当面とれなくなり、習氏の対日戦略は袋小路に入った。一連の反日政策は結局、中国に何のメリットをもたらすこともなかった。それどころか、観光業や日中貿易などへの影響がじわじわと表れ、習近平の対日強硬路線に対し、批判する人が増えている。胡錦濤派の汪洋副首相や、李源潮国家副主席らはすでに様々な場で「日本との関係が大事だ」と強調するようになっている。

 期待され、登場した習近平政権だが、江沢民と胡錦濤の二つの派閥ににらまれ、政局での主導権をなかなかとれないでいる。求心力を高めるために、次々と派手な公約を打ち出したが、ほとんど成果を上げられず、調整能力のなさを露呈した。メッキが次々剥がれている状態で、これからはますます苦しい政権運営を強いられそうだ。

 中国共産党内に、習氏は三十数年前に失脚した華国鋒氏と似ていると指摘する声がある。華氏は中国建国の父、毛沢東が死去した後、一九七六年に中国の最高指導者となった人物だ。毛沢東の指示に忠実だったことが評価され、その後継者に指名されたが、能力は高くなく、党内における求心力も弱かった。

 華氏はメディアを使って自己宣伝を展開し、軍の視察にも積極的に出かけるなど存在感をアピールし、自身の権力を補強するためにいろいろと努力したが、能力不足と党内の支持者が少ないためほとんど実績をつくれず、わずか二年あまりでトウ小平一派との権力闘争に敗れて失脚した。

 いま、習氏の内政と外交の一連のやり方に対し、すでに党内から不満の声が上がっている。このような状況が続くと、習氏をトップから引きずり下ろそうとする動きが出てくる可能性もある。そうなれば、権力闘争は一気に過熱化する。ただ、習氏にとってなによりも幸いなことは、いまの共産党内にかつてのトウ小平のような実力と人望を備えたライバルがいないことだ。とはいっても、ある共産党古参幹部は、「改革派指導者の中で、汪洋副首相は、政治手腕は習氏より数段上なので、将来的にトウ小平のような存在になるかもしれない」とし、火種になる可能性を指摘する。
 
 最近、酒の席で、共産党幹部からこんな小咄を聞いた。中国の指導者には四つのタイプがある。「進む方向が間違っていて、能力が非常に高いタイプ」。これは毛沢東のような人だ。文化大革命を起こして中国をメチャクチャにした。次は「進む方向が正しく、能力が非常に高いタイプ」。トウ小平がその代表的な例で、改革開放を主導して中国を豊かにした。第三は「進む方向が正しく、能力が非常に低いタイプ」。昨年の党大会で引退した胡錦濤氏と温家宝氏のような人で、「調和のとれた社会」などの理想を掲げたが、何も実現できなかった。最後に「進む方向が間違っていて、能力が非常に低いタイプ」。習近平氏のことだ。だから、中国はこれからどうなるのか、全く見当が付かないという。
(了)

〔『中央公論』20139月号より〕

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