宮下洋一 犯罪加害者の「死ぬ権利」は認められるのか――ルポ・スペイン銃撃犯安楽死事件

宮下洋一(ジャーナリスト)
被疑者が安楽死した、テラサ病院に併設されているカタルーニャ州の医療刑務所(手前の建物、筆者撮影)
 今年8月にスペインで起きた衝撃的な事件が、安楽死の法制化が進む欧州に重い問いを投げかけている。事件の真相を、在欧ジャーナリストの宮下洋一氏が取材した。
(『中央公論』2022年12月号より抜粋)

 今年8月23日、スペインで前代未聞の出来事が発生した。同国北東部カタルーニャ自治州のタラゴナで、昨年12月に銃撃事件を起こし、逃亡中に警察の発砲で四肢麻痺に陥った被疑者が安楽死したのである。

 被疑者は、医療刑務所での治療が長引き、起訴されていなかった。その間に、彼は肉体的・精神的な苦痛を訴え、担当医に安楽死を要請した。担当医チームと自治州保健省管轄の安楽死を審査する保証評価委員会(カタルーニャ支部)がその意向を認める一方で、司法当局は被疑者の自死に難色を示した。

 安楽死法は、銃撃事件が起きる半年前の昨年6月25日に施行されたばかりで、被疑者の安楽死は衝撃的なニュースとして報じられた。

 安楽死は、それが合法である限り、一定の要件を満たしていれば、誰もがその権利を享受することができる。しかし、刑事事件の加害者に対しても同じなのか。判決が出る前に、加害者が望む通りの死を叶えることは、罪を犯した者は裁きを受けるという考えからすれば論外と思われた。被害者側にも加害者が公正に裁かれることや、被害からの回復支援を求める権利がある。日本では聞き慣れないが、欧州では「司法アクセスの権利」と呼ばれ、基本的人権の枠組みに含まれる。

 加害者の「死ぬ権利」と被害者の「司法アクセスの権利」は、どちらが優先されるのか。世界に先立って安楽死を容認してきた欧州では、近年、うつ病などの精神疾患患者や18歳未満の未成年者にも適用範囲を拡げ、法の「拡大解釈」による多くの問題が起きている。このスペインの事件は、欧州に新たな問いを投げかけた。

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