宮下洋一 犯罪加害者の「死ぬ権利」は認められるのか――ルポ・スペイン銃撃犯安楽死事件

宮下洋一(ジャーナリスト)

被害者の権利は守られず

 銃撃事件以降、現場となった事務所は、見知らぬ一般人に警戒があるためか、インターホンを押しても返事がない。直接、電話をかけても繋がらなかった。この事務所で被害に遭った女性職員、ルイサ・リコ氏がスペインの民放テレビ局「アンテナ・トレス」の取材に応じている。弾丸一発は膀胱を貫通し、彼女は一時、危篤に陥ったという。

「床に伏せている間、拳銃を向けられていました。とても怖かった。逃げることもできなかった。彼は、罪を犯したのだから、裁かれるべきでした。彼の(死ぬ)権利が認められたのならば、私たちの権利も認められて当然ではないでしょうか」

 匿名を条件に応じた別の被害者は、「彼の死に絶望した」と吐露。その理由として、「人を殺そうとし、基本的人権を侵害した者が、裁判にさえかけられず、本人の希望した権利だけが保護されたからです」と怒りを口にした。

 重軽傷を負った彼らの葛藤について、被害者の一人の代理人を務めるミレイア・ルイス弁護士(46歳)は、「安楽死は、法的には自然死と同等と見なされます。患者の死に司法が介入できない理由は、そこにあります」と説明。一方で、「医療措置の前に、司法は被害者の権利を守るべきでした」と主張した。

 サバウは2003年から地元の射撃クラブに所属していたため、拳銃や猟銃を所持することができた。このクラブのハビエル・ファウ会長(63歳)は、「他人に敬意を払う、社交的な男だった」とサバウに好感を持っていたことを示しながらも、次のような印象も語った。

「射撃クラブでも、いつも勤務先の文句を言っていました。でも、そういう不満は誰にでもあります。思い起こせば、クラブの射撃試験に合格できなかった時も、よく試験官のせいにしていました。犯行に及んだのも、最終的には彼の心の問題だったのではないでしょうか」

 タラゴナから約25キロ北西に、サバウが住んでいたアルコベルという町がある。彼のアパートの隣人女性、ピラル・アンティリェル氏(55歳)は、「挨拶くらいで、近所付き合いはなかった」と話す。「犬の散歩以外、家からほとんど出ない生活で、友達もいなかったのでは」と推察した。

 彼女の隣にいた友人男性のミケル・アスナル氏(60歳)も、サバウが孤立していたことを述べた上で、被疑者の安楽死については、「裁判が行われたとしても、いずれは安楽死していたはずだ」と語った。隣人の二人は、安楽死という選択自体は、誰もが有する権利との考えで一致していた。

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