宮下洋一 犯罪加害者の「死ぬ権利」は認められるのか――ルポ・スペイン銃撃犯安楽死事件
人種差別の恨みを晴らすため
事件の詳細は、こうだった。
2021年12月14日午前11時頃、タラゴナ市中心部にある警備サービス会社「セキュリタス」で、拳銃2丁を手にした同社元社員のエウジェン・マリン・サバウ(当時45歳)が、元同僚の3人に銃弾を放ち、重軽傷を負わせた。
その後、サバウは車で逃亡し、巡回中の地元警察官と鉢合わせた。警察官3人のうちの1人は、サバウと以前から射撃クラブで顔見知りだった。その警察官が知人に近寄ると、サバウが放った銃弾が左腕を貫通した。
サバウは逃亡を続け、近郊の町にある石造りの空き家に立てこもった。警察の特殊介入部隊と銃撃戦の末、重傷を負い、同州バルセロナの総合病院にヘリコプターで運ばれた。テロ及び殺人未遂容疑で現行犯逮捕となった。
この事件は、用意周到に計画されたものだった。12年間勤めた会社の元同僚を銃撃した後、サバウは犯行動機と自身の心境を、セキュリタス事務所、地元警察、友人宛てにメールで送信した。その内容の一部には、こう書かれていた。
〈愚か者で泥棒の人種差別主義者たちよ、幸せな休暇を〉〈毎日12時間も働かせて、一度も手当が出なかった。(中略)毎日の出勤で往復50キロ、月1300キロの走行距離だったが、1セントも支払われなかった〉〈私が馬鹿げた行為をするならば、全力を尽くしてやる。数年間、セキュリタスが私のことを忘れないように〉
犯行の動機は、勤務先での人種差別や不十分な報酬に対する不満だった。サバウは20年前、東欧のルーマニアからスペインにやって来た移民だった。もともとスペイン社会には、ルーマニア人に対する偏見が根強く、メールの内容は、彼の心情を如実に表していた。
重傷を負ったサバウは、搬送先の病院で右脚を切断された。顔と両手だけがわずかに動き、その他は麻痺状態だったが、話すことだけは問題がなかったといわれる。回復が見込めない中、入院を続けていたサバウは、生きる望みを失い、安楽死することを決断した。
医療刑務所からリモートで行われた検察の取り調べで、サバウは、「話しかけられる間もなく、警察に発砲された」「拳銃2丁には銃弾が残っていなかった」などと供述した。また、病院で目を覚ました後、「片脚は切断され、身体が麻痺していた。45針縫われた手は動かせず、銃弾を受けた胸の感覚も麻痺している」とも訴えた。
今年6月に入ると、サバウは、担当医らとの相談を重ね、安楽死の申請を開始した。検察は捜査を中断した。