安中 進 独裁者はなぜ向こう見ずな戦争を起こすのか?――計量分析から考察する戦争(上編)

安中進(弘前大学助教)

イエスマンで固める独裁者のリスク

 なぜ民主主義国家は戦争に強いのか。ここでは、その理由を国内要因と国外要因の二つに分けて見てみたい。民主主義国家と権威主義国家の決定的な違いは、競争的な選挙を通じて国民の意思が考慮されるか否かである。このことを前提に、国内要因として「有権者・市民の生命に対する政治家・リーダーの態度」の差異を検討する。また、国外要因として、こうした価値観を共有する民主的「同盟関係」に起因する差異についても検討する。


 そもそもの前提として、民主主義国家には自由で公正かつ競争的な選挙がある。再選を目指すリーダーは、世論への影響を考えて、大きな被害を出す負ける戦争は当然避け、勝てる戦争を選んで戦うため、戦争に勝ちやすいと指摘されてきた(権威主義国家も形を変えながら選挙制を導入しているが、自由や公正さは担保されないことが多い)。


 ただ、最近の研究では、民主主義国家のリーダーが慎重であるというより、権威主義国家の中でも特にロシアのプーチン大統領のような個人支配(独裁)のリーダーが、向こう見ずな戦争を起こすとされる。


 エリカ・フランツ(米ミシガン州立大学)は、データ分析による知見に基づいて、「ほかの権威主義体制と比べて、個人独裁は他国との紛争をはじめやすい。個人独裁は、万が一敗北した際の国内からの反発の恐れなしに国家間紛争を仕掛けることができるので、権威主義体制の中ではもっとも好戦的である。いいかえると、説明責任の欠如ゆえに、よりリスクのある行動がとられやすい」(『権威主義』102頁)と指摘している。


 加えて、「個人独裁のリーダーは周囲をご機嫌取りに囲まれ、それらは罷免を避けるため、リーダーに正確な情報を伝えないことが多い。それゆえ個人独裁は、単に戦争をはじめやすいだけではなく、負けやすくもある。個人独裁のリーダーは意図的に自身の周りを『イエスマン』で固めるため、結果として部下からの不正確な情報を受け取りやすく、外交政策で誤りを犯しがちでもある」(同103頁)とも主張している。


 さらに、Sirin and Koch(2015)は、権威主義国家の中でも特に個人支配は、戦争犠牲者も多く出すと分析している。こうした先行研究に基づく知見は、その後、世界中から上がってきている情報とも一致している。


 これも、個人支配のリーダーが国内からの反発を気にしないせいだろう。たとえば、Croco and Weeks(2016)は、戦争に敗北した民主主義国家のリーダーが、選挙で責任を取らされるのは当然だが、同時に、権威主義国家においても、政党や軍を味方に付けたリーダーだと、これらの勢力が失敗の責任を取らせる可能性がある一方、リーダーに権力が集中している個人支配だと戦争の責任を取らされにくいというのである。この研究は、戦争を開始して敗戦したリーダーの在職期間が、民主主義国家だけではなく、個人支配以外の権威主義国家においても短くなる(逆にいうと、個人支配だと短くならない)ことを1919年から2003年までのデータを用いて分析している。


 こうした知見をまとめると、プーチンのような個人支配の権威主義国家のリーダーは、向こう見ずな戦争を起こしやすく、なおかつ敗戦時には政治的責任を負わされにくい状況にあるといえるだろう。しかしながら、Chin et al.(2022)は、個人支配の権威主義国家のリーダーは、失敗しても制度的に追い出されることはないが、支配の度合いを強めると政権転覆や、さらには暗殺によって排除されやすいとも分析している。これを踏まえると、プーチンの今後も不穏なものが予想され、彼は最悪の事態を避けようと是が非でも戦争の結果を好転させようとすると考えられる。そのために、闇雲な攻撃に至っている可能性もあるだろう。


 もちろん、こうした研究の多くは、各国の情勢を現在進行形で追う地域研究とは異なり、過去のデータから分析したものである。そのため、個人支配の権威主義国家がいつでも不利なわけではないし、またこうした研究は、いつ、どの国が行動を起こすか予測する類いのものでもない。たとえば2014年のロシアのクリミア併合時のように、これまで一貫してウクライナが優勢だったわけではなく、今回の戦争でも開戦前は明らかに劣勢と予想されていた。今回ウクライナが大善戦しているのは、欧米の支援があったからだといえるだろう。したがって、レイターとスタムが考えるように、政治体制に内在する性質のみから今回の侵攻を考えるのは十分ではない。


(下編につづく)

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安中進(弘前大学助教)
〔あんなかすすむ〕
1984年埼玉県生まれ。早稲田大学社会科学部卒業後、日本学術振興会特別研究員などを経て、早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了。博士(政治学)。2022年10月より現職。専門は比較政治経済学、計量政治経済史。博士論文「貧困の政治経済学」で小野梓記念学術賞受賞。近刊に『貧困の計量政治経済史』(岩波書店)がある。
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