宮下洋一 ルポ くじ引きで政治に参加する市民たち――ベルギーの現場から

宮下洋一(ジャーナリスト)

市民の縮図を作り出すプロセス

 ベルギーでは、2019年からくじ引きで選ばれた市民が直接、政策形成のプロセスに参加する市民会議(Assemblée citoyenne)が急増している。地方自治体単位で開かれるものが多いが、23年の春に国内初となる連邦議会への提言を行う市民会議が、ベルギーの首都ブリュッセル市内で開かれた。

 議題は「政党交付金」。べルギーの政党交付金は、デンマークやスウェーデンの2倍、隣国オランダの4倍にあたる年間約7500万ユーロ(約122億円)と言われる。しかし、その用途が見過ごされ、問題視されてきたことを受け、開催が決まった。

 この会議に集まった市民の数は60人。その時のくじ引きのプロセスは、こうだった。

 市民会議を主催する団体が、企業や個人の電話番号を膨大に保有するデータベース会社と統計機関の協力を得て1回目のくじ引きを行い、選ばれた1万6200人の自宅に招待状を送付する。招待状の内容に合意した受取人は、その旨を主催者に電話やメールなどで伝える。この市民会議に興味を示し、返事をした人は394人。ただ、市民会議に必要な人数は、60人と決められており、合意した人たち全員が参加できるわけではない。そこで、394人の中から2回目のくじ引きが実施され、60人に絞られた。いずれのくじ引きでも「ベルギー国民の縮図」に近づけるため、性別、年齢、国籍、学歴、居住地域などについてバランスが考慮されている。

 当時まだ17歳でありながら、「当選」したダーラン・クオカム氏(18歳)が、ブリュッセル市内にある非営利団体「G1000」の会議室でこう振り返った。

「僕たち一般の市民が議論を重ねてまとめ、投票によって採択された提言書が、24年の連邦議会の総選挙に向けた各党の公約の一つになるかもしれません。僕の声が直接、政治に反映されることになれば、とても嬉しく思います」

ダーラン・クオカム氏写真①.jpg

 クオカム氏はスカールベークと呼ばれる、ベルギー国内でも低所得者が集まる地区で生まれ育ち、貧富の差を常に疑問視してきた高校生だった。ちなみにベルギーでは、欧州議会選挙の投票権を持つ年齢に合わせ、市民会議の参加資格年齢も16歳以上に設定されている。

 市民会議の期間は議題によって多少異なるが、今回は、23年3~5月の3週末の合計6日間、ブリュッセル市内で午前10時から午後5時まで行われた。参加者には、報酬として合計325ユーロ(約5万3000円)が支払われ、遠方から参加する市民には別途交通費と宿泊費が、育児中の市民にはベビーシッター費も支給された。

 くじ引きで集められた市民会議や、後述する「熟議委員会」の流れは、基本的に共通している。①顔合わせと討議内容の説明、②専門家と市民による討議、③提言書の作成と投票、の3段階だ。参加者の見識が深まる2週目で、複数のグループが部屋ごとに分かれ、意見をぶつける。

 10政党の党首と大学教授4人を集めて行われた全体討議とグループ討議では、賛否が拮抗する場面もあった。例えば、以下のような提言項目についてだ。

〈地方支部の活動費に上限を設ける〉については、賛成が58%で、反対が42%。〈公的資金を政党の新たな活動や新党設立に使わない〉は、賛成が44%で、反対が56%だった。 

 こうして討議された内容は、上記の二つを含む69項目にまとめられ、市民会議の参加者の投票に基づく提言書として政治家に手渡された。

 クオカム氏は、「予定していたアルバイトを6日分、すべて断ることになっても、市民会議に参加して良かった。僕の将来にも関わる大事なことだと思いましたから」と言い、こう付け加えた。

「市民会議では、政党の党首から直接、いろんな話が聞けたし、市民にさまざまな意見があることも知りました。意見の違いこそあれ、自分が政治に参加しているという実感が持てました」

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