宮下洋一 ルポ くじ引きで政治に参加する市民たち――ベルギーの現場から

宮下洋一(ジャーナリスト)

くじ引き制導入の立役者

 ベルギーでのくじ引き制の導入に大きな役割を果たした団体の一つが、「より良い民主主義」をスローガンに掲げる前述の「G1000」だ。2011年に連邦政府における連立政権の樹立が難航し、「無政府状態」が世界最長の8ヵ月間続いたことから、国内の選挙制度や政治家の利権争いに疑問を抱き、「くじ引き制」による市民会議を導入する運動を始めた。ベン・イーソルス事務局長(31歳)は、「くじ引き制民主主義」について、次のように語った。

「世界ではくじ引き制を導入する試みがすでに600回以上行われています。家庭や生活環境が大きく異なる市民が集まるので、情報の受け取り方や議論の仕方が変わってきます。しかし、彼らが会議で見識を深めた上で提言書を作成し、票を投じるプロセスはとても大切なことです」

ベン・イーソルス事務局長写真②.jpg

 イーソルス事務局長が掲げる「G1000」の目標は「2030年までに、ベルギーが民主主義の代表国として世界から認められること」だと意気込んでいる。その実現に向け、この非営利団体は、各党の党首を始め、国会議員や市議会議員を説得し、「くじ引き民主主義」への理解を得て、参加を求める運動を続けている。また、各地方の公務員らにくじ引き制導入のための指導なども行っている。

 しかし、選挙を勝ち抜いた政治家を説得することは簡単ではなかったという。

「国政選挙や地方選挙で選出された人たちがいるのに、なぜくじ引きで市民を選ぶ必要があるのかというのが、十数年前までの彼らの見方でした。しかし現在は、くじ引きで民意を反映することの可能性を理解してもらえるようになり、一部の(フランダース)地域を除いては、政治家も前向きに検討してくれています」

 悪戦苦闘の末、ついに辿り着いたのが、今回の政党交付金の市民会議だった。市民が作成した提言書は、24年6月の総選挙で各政党の公約に盛り込まれ、生かされるのか。市民は成果を期待している。

 くじ引き制自体は、国民の縮図を作り上げ、議論をし、国政に結びつけるには理想のシステムだとイーソルス事務局長は話す。とはいえ、課題も多々あるという。

「くじ引きで選ばれなかった市民の民意をどのように反映すべきか、ということです。選ばれなかった市民にも、何が話し合われたのかを知る権利があります」

 そこで「G1000」の戦略は、マスコミにも向けられている。大手新聞社などは市民会議についてほとんど取り上げず、大臣や議員の発言ばかりを扱う古風なジャーナリズムに固執しているという。

「くじ引きで選ばれた市民の声が、もっと伝えられなくてはなりません」

1  2  3  4