リベラリズムは終わり「共通善」が台頭した ヴァンス副大統領が象徴するアメリカ思想の変動

会田弘継(ジャーナリスト・思想史家)

建国以来のリベラリズムの終焉

 他方で共和党側に渦巻いている新しい思潮の中心にいるのは、ヴァンスである。トランプにはポピュリズムの反乱を巻き起こすカリスマ性はあっても、新思潮の受け皿には向かない。新思想のリーダーたちが、トランプを「過渡期の人」(改革保守派リーダーのオレン・キャス)とか「乗り物」(ポストリベラル派論客パトリック・デニーン)と呼んだりするのは当然だ。かつてはトランプを批判していたヴァンスも含め、彼らがトランプ政権に協力している理由は明らかだ。トランプのカリスマ性とポピュリズムの力を借りて現状を打破する突破口を開き、新時代を切り拓こうとしている。トランプは彼らを代表する「ファイター」なのだ。

 その新しい右派にはさまざまな思潮がある。いわくポストリベラル、改革保守(リフォーモコン)、パレオコン(旧保守主義者)、テックライト......。それぞれに代表的とされるイデオローグもいる。ただ、そうしたレッテル貼りは誤解を生んでいる。思潮はメンバー制クラブではなく、会員証があるわけでもない。「考え方」を示しているのであって、一人の知識人の中にいくつもの思潮が流れ込んでいるケースもある。

 たとえば、労働者重視路線の改革保守派旗手であるキャスの思想はポストリベラルでもある。建国以来のリベラリズム伝統は終わったと見るポストリベラルの代表的思想家はデニーンだが、彼の思想はコミュニタリアンでもある。そのように複雑に絡み合いながら渦巻く新思潮の、台風の目のようなところに位置するのがヴァンスだ。

 実は、冒頭に掲げたようなヴァンスの「暴言」は、単に暴言というより、新思潮の核心を貫く価値観を示している。それについては追って分析するが、さまざまなレッテル貼りがなされている新思潮を考える共通のキーワード、というより鍵概念となっているのは「共通善(コモングッド)」である。

 トランプ(サンダース)現象とは、これまでのアメリカ政治の失敗と限界を示した事態である。失敗した政治の根底にあった思想は建国以来のリベラリズムであり、トランプ時代の共和党保守側に立つ新思潮はほぼ共通して、そのリベラリズムが限界に達したと見ている。

 リベラリズムは、市場経済を軸として個人に自由と平等の機会をもたらそうとする「古典的リベラリズム」と、政府の規制の力で社会・経済的平等を保障し自立した個人をつくろうとする「革新的リベラリズム」に分かれて、アメリカ政治の左右を形成してきた。建国期以来の前者が大恐慌の1930年代に大きく破綻し、後者が「ニューディール・リベラリズム」(民主党主導)の形をとってそれを修正した。だが、その修正リベラリズムが70年代に行き詰まると、古典的リベラリズムが「レーガニズム」(共和党主導)となって再興し、民主党新世代(クリントン、オバマらニューデモクラッツ)も巻き込んで、40年近く続いた。

 そしてそれも破綻した現在、建国以来のリベラリズムは修正派も含めて四面楚歌となった。右派の新思潮は、20世紀以降のアメリカをそのようにとらえ、「リベラリズム後」を考えている。それがポストリベラルの考え方である。その基層の上に立って、どのようなアイデアや政策でアメリカを立て直すか、方法論での議論が改革保守やパレオコン、テックライト......など多彩な思潮を勢いづけている、と見るのが妥当である。

 アメリカ政治の左右を形成していたニューディール・リベラリズム、古典的リベラリズムに共通の基層である建国期以来の近代リベラリズムに代えて、トランプ以降の保守派の新思潮が基本概念に据えようとするのが「共通善」の概念だ。そう考えれば、新思潮がつくりだそうとするアメリカ国家の形が見えてこよう。


(『中央公論』11月号では、この後もカトリック社会思想と「共通善」の密接な関係や、反主流左派も「共通善」を受容しつつある状況などについて詳しく論じている。)


[参考文献]
"Why everybody hates the Democrats right now, explained in 3 charts" Vox, Sep. 9, 2025
"Democrats Get Lowest Rating From Voters in 35 Years, WSJ Poll Finds" The Wall Street Journal, July 25, 2025
Oren Cass The Once and Future Worker (Encounter Books, 2018) 
Patrick Deneen Regime Change (Sentinel, 2023)
Adrian Vermeule The Common Good Constitutionalism (Polity 2022)
Allen Mendenhall "Japan's Southern-Style Conservatism" Modern Age April 30, 2024

中央公論 2025年11月号
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会田弘継(ジャーナリスト・思想史家)
〔あいだひろつぐ〕
1951年埼玉県生まれ。東京外国語大学卒業。共同通信でワシントン支局長、論説委員長などを経て、青山学院大学教授、関西大学客員教授を歴任。著書に『増補改訂版 追跡・アメリカの思想家たち』『それでもなぜ、トランプは支持されるのか』など。
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