高まる沖縄の独立熱

佐藤優の新・帝国主義の時代
佐藤優

アルチューノフ「佐藤さん、私の父はアルメニア人で、母はロシア人です。私はグルジアのトビリシで生まれ育ちました。それだから私には少数民族の複雑な感情が皮膚感覚でわかります。ゴルバチョフを含むソ連共産党指導部は、少数民族の内在的論理がわからない。それだから、市民社会の論理で民族問題を処理しようとしている。これではバルト三国、トランスコーカサス三国(グルジア、アルメニア、アゼルバイジャン)のソ連からの分離独立傾向を阻止することはできません」

佐藤「民族的な所属の如何にかかわらず、ソ連市民は皆平等であるという発想では、民族問題を解決できないのでしょうか」

アルチューノフ「できません。各民族は土地と結び付いています。故郷においては、土着の民族がほんの少しだけ、他の民族よりも優遇されなくてはなりません」

佐藤「それは、諸民族の平等を説くマルクス・レーニン主義の民族理論に反するのではないですか」

アルチューノフ「マルクス・レーニン主義に民族理論はありません。共産党官僚が主張しているのは見せかけの理論です。ソ連は、非対称的な連邦制をとっています」

佐藤「非対称的な連邦制?」

アルチューノフ「そうです。地理的規準での地方、州、市などと民族的規準での連邦構成共和国、自治共和国、自治州、自治管区などです。民族的規準での行政機構では、土着の民族が優遇される仕組みになっている。これは市民社会とは異なる原理です。ゴルバチョフが考えるペレストロイカ(立て直し)は、合理性、効率性を規準にしています。これは、結果として、ロシア人、ウクライナ人、ベラルーシ人のエリートの規準を地方に強制することになります。これに対して、地方は抵抗します。特にバルト三国、グルジア、アルメニアでは、二十世紀初頭に独立国家を持っていたという記憶が残っている。グラースノスチ(公開制)政策で、検閲が緩められ、少数民族は過去の歴史の記憶を回復し始めています。これと中央政府の効率化、規律引き締めに対する反発が合わさると、ソ連からの分離傾向が生じる。しかし、モスクワのロシア人エリートには、その危険性が理解できないのです。一〇年後にバルト諸国がソ連から独立する可能性は十分にあります」

 実際にはアルチューノフ教授の予測よりかなり早く、筆者がこの話を聞いてから三年を経ないうちにバルト三国は独立することになった。民族問題を理解する場合には、目に見えず、言語化されていない、民族の内在的論理をとらえることが重要になる。

 この点で、キリスト教神学でよく用いられる類比的解釈がとても役に立つ。歴史的、地政学的、文化的状況が異なる人間集団の内在的論理をつかみとるためには、類比という手法を用いなくてはならない。英国のプロテスタント神学者でロンドン大学教授のアリスター・マクグラス(一九五三年生まれ)は、類比についてこう説明する。

〈神学は「神についてのことば」である。しかし、一体どのようにして神は人間の言語を用いて記述され、論じられ得るのであろうか。ヴィットゲンシュタインはこの点を強力にこう語っている。人間の言葉がコーヒーの特色ある香りを表現出来ないなら、どうして神のような微妙なものに、人間の言葉は取り組めるだろうか、と。

 こうした問いに対する神学の答えの基礎となっているおそらく最も基本的な思想は、普通「類比の原理」と呼ばれているものであろう。神が世界を創造したという事実は、神と世界との間の基本的な「存在の類比(analogia entis)」を指し示している。世界の存在における神の存在の表現ということに基づく神と世界との間の連続性がある。こういうわけで、被造秩序の中にある実体を神の類比として用いることは正しい。このようにすることで神学は、神を造られた客体や存在に引き下ろすのではない。神とその存在との間に類似性や対応があるということを肯定しているに過ぎない。これによって後者は神を指し示すものとして働けるようになる。造られた実体は神に似ているが、神と同一であることなしに、そうなのである。〉(アリスター・E・マクグラス[神代真砂実訳]『キリスト教神学入門』教文館、二〇〇二年、三四七〜三四八頁)

沖縄の保守系までが立ち上がった

 現在、沖縄で進行している出来事を理解するためには、バルト三国の人民戦線・「サユジス」と沖縄の「オスプレイ配備に反対する県民大会実行委員会」を類比的にとらえると事柄の本質がよく見える。

 ところで、日本の中央政治では解消してしまった保守対革新の二項対立が沖縄では現在も存在する。実行委員会は、保革を超えた超党派的組織で、九月九日、宜野湾海浜公園(沖縄県宜野湾市)で開かれた、「オスプレイ配備に反対する県民大会」を組織した。過去のこの種の県民大会の実行委員会は、革新系を中心に組織されていた。

 これに対して、「オスプレイ配備に反対する県民大会実行委員会」は、日米安保体制を認める保守系によって組織されている。保守系が主導する米軍に対する異議申し立て運動は、一九七二年の沖縄の本土復帰後、初めてのことだ。米兵による集団強姦致傷事件後、実行委員会の活動が活性化し、十月二十五日の会合で、野田佳彦首相に対する抗議行動を行うことを決定した。

〈オスプレイ配備に反対する県民大会実行委員会は25日、那覇市の自治会館で会合を開き、オスプレイの配備撤回を目指して、12月中旬ごろに県内全41市町村長に市町村議会議長、県議を加えた大規模な野田佳彦首相に対する要請行動を展開することを確認した。基地問題では「復帰後、最大規模の抗議行動」(喜納昌春県議会議長)となる。沖縄の民意を軽んじる政府に対し、県民総意で配備撤回を求める覚悟を突き付ける。

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