高まる沖縄の独立熱
ここで重要なのは、仲井真知事が、当事者意識を欠く日本政府に対して見切りをつけて、米国政府と直接交渉に乗り出したことだ。「中央政府の政治エリートがわれわれ沖縄人を同胞とみなさないならば、われわれもあなたたちを同胞と考えない。もはや日本の安全保障のために、沖縄が犠牲になるつもりはない」という沖縄の世論に忠実に従った行動を仲井真知事はとっている。ワシントンでホワイトハウス、国務省、国防総省の幹部に沖縄の置かれた状況について直訴することによって、仲井真知事は突破口を開こうとした。
十月二十七日付『沖縄タイムス』電子版は、〈沖縄の基地問題の解決の在り方を探る県主催のシンポジウム出席や2米兵による暴行事件への抗議のため訪米していた仲井真弘多知事が26日夜、帰任した。那覇空港で記者団の取材に応じた仲井真知事は、訪米の成果について「暴行事件への県民の怒りやオスプレイ配備など事が起こった時期だったので、インパクトを持って訴えることができた」と述べた。/また、シンポジウムなどを通じて「米国がアジアを重視しようと安全保障政策を転換する時期だったので、活発な質疑があった。これから先の米国の政策の変化の予感が感じられる中で沖縄の基地、普天間飛行場の問題についても、広範な背景に基づいた意見交換ができた」と述べた。/仲井真知事は、米国で普天間の移設先について九州や四国、中国地方などを例示して「民間空港を含め、すでに滑走路がある場所へ移す方が早い」と提言したことを明らかにし「米国でも辺野古という声はあったが、リアル(現実的)ではないことを申し上げた。沖縄の基地問題の改善を図るために、もっともっと頻繁に接触した方がいい」と述べた。/さらに「人的ネットワークがつくられつつある」とし「来年とか再来年とか、年に1度くらいは訪米して意見交換したい」という意向を示した。〉と報じた。
独自言語の回復に動き出す
仲井真訪米から、沖縄が外交権を部分的に回復しようとする姿が浮き彫りになる。ここで重要なのは、歴史の記憶だ。英国の社会人類学者アントニー・スミス(一九三三年生まれ)は、〈共通の歴史をもつという意識は、世代をこえた団結の絆を作りだす。それぞれの世代は、自分たちだけの一連の経験をもち、それはこの共通の歴史に加えられていく。共通の歴史をもつという意識はまた、自分たちが経験してきた時間の連鎖のなかで、人々を規定し、それはのちの世代に、自分たちの経験の歴史的な見かたを教える。換言すれば、歴史的な連続性は、のちの経験に「形」を与え、経験を解釈するための道すじと鋳型とを与える。〉(アントニー・D・スミス[巣山靖司/高城和義他訳]『ネイションとエスニシティ 歴史社会学的考察』名古屋大学出版会、一九九九年、三二頁)と指摘する。
沖縄にはそう遠くない過去に琉球王国という国家があった。琉球王国は、一八五四年に琉米修好条約、一八五五年に琉仏修好条約、一八五九年に琉蘭修好条約を締結した。当時の帝国主義列強である米国、フランス、オランダの三国から、琉球王国は国際法の主体として認知されていたのである。この記憶が沖縄人の集合的無意識を刺激している。このような沖縄人の意識の変化が仲井真知事に、日本の中央政府とは異なる対米外交を推進させる動因になっているのだ。琉球語を公的な言語として回復することによって、沖縄の「共通の歴史をもつという意識」を強化し、「世代をこえた団結の絆を作りだす」動きが出ている。翁長雄志那覇市長が、那覇市職員採用試験に琉球語(ウチナーグチ)のあいさつを取り入れた。十月二十二日付『琉球新報』が、〈那覇市(翁長雄志市長)が本年度の職員採用試験の面接で、受験者にウチナーグチのあいさつを取り入れることが21日までに分かった。市職員が市役所窓口などでウチナーグチであいさつする「ハイサイ・ハイタイ運動」の一環だ。採用試験への導入を機に、若者のウチナーグチ活用の意識付けにつなげたい考えだ。/市によると職員採用試験の面接に"お国言葉"を導入するのは全国的にも異例で、県内では初めて。市文化協会などとの意見交換でウチナーグチを採用試験に導入するよう求める声があった。それを踏まえ翁長市長が検討を指示していた。/市は1次試験通過者に送付する通知書に、面接でウチナーグチでの自己紹介を求める文書を同封する。「ハイサイグスーヨーチューウガナビラ」(皆さんこんにちは)「ニフェーデービル」(ありがとうございます)など例文を掲載し、ウチナーグチに不慣れな人でも対応できるようにする。/一方で採用試験の公平性を確保するため、アクセントの位置など語り口のうまさは採点対象にしない。市幹部は「採用後にウチナーグチを使う心構えをしてもらえればいい」と語った。/面接試験へのウチナーグチ導入について石原昌英琉球大教授(言語政策)は「受験者がウチナーグチを学ぶきっかけになる。県都那覇での実施は他の自治体や民間企業に広がる可能性もある。採用後の研修実施などウチナーグチ実践力を高める取り組みも行ってほしい」と期待を込めた。〉と報じた。独自言語を回復しようとする動きはナショナリズムの核になる。
沖縄で進行している事態が近未来に日本の国家統合を揺るがすことになる危険を東京の政治エリートはまったく認識していない。これは、一九八八年秋時点でモスクワの政治エリートがバルト三国がソ連から分離独立する可能性をまったく想定していなかったのと類比的だ。
中央政府が、MV22オスプレイの沖縄からの撤去、日米地位協定の抜本的改定、米海兵隊普天間飛行場の辺野古移設の撤回など、沖縄の要求を全面的に受け入れても、沖縄人の中央政府に対する信頼を回復することはもはやできないであろう。沖縄の部分的な外交権回復を認め、沖縄の広範な自治を認める連邦制に近い国家体制への転換を行わないと、日本の国家統合を維持することができなくなる危険があると筆者は見ている。
(了)
〔『中央公論』2012年12月号より〕