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アベノミクスはケインズ的な経済政策だった? 『一般理論』から読み解く日本経済

万能ではない市場と向き合うために
山形浩生(コンサルタント・翻訳家)

飛ばなかった三本目の矢

─安倍前首相の退陣により「アベノミクス」と呼ばれることはなくなりましたが、金融政策の基本方針は菅政権下でも継承されているようです。約七年のアベノミクスは、ケインズ的な視点からすると、どう捉えられるでしょうか。

「第一の矢」の金融政策については、お金─金利─雇用の関係性を明らかにした『一般理論』の主張そのままだったという評価になりますね。実際に雇用はかなり改善しました。

 ただ、ケインズの代名詞ともいえる「第二の矢」こと財政政策は、公共投資の大盤振る舞いが足りなかったということになりそうです。

 そして明らかに問題があったのは「第三の矢」たる成長戦略です。たしかに規制緩和は行われたものの、研究機関や大学への予算はむしろ締めつけてしまいました。これはケインズ的な視点というよりも私の評価ですが、「規制」というものの捉え方があまりにも狭かったのではないかという印象があります。

─「政府には成長産業や成長企業を見つけられない」というのは、通商産業省が自らのお眼鏡にかなった企業だけを支援した「傾斜生産方式」についての研究などからも、もはや定説になった感があります。対してアベノミクス以降の規制緩和は「育てられませんが邪魔もしません」という政策だったのかとも思いますが、実際には研究予算まで絞ってしまったので、育つものも育たなかったということでしょうか。

 第一の矢で作ったお金を、もう少し第三の矢にも振り分けていれば、それこそ国産ワクチン開発のようなイノベーションや、新産業が育った可能性はあります。

「大学は金稼ぎをしてはいけない」という縛りと、稼がなくてもやっていけるだけの研究予算を両立させたり、研究者のキャリアパスの確保をすることなどもやはり必要なのでしょう。規制緩和そのものは賛成ですが、その中身ややり方はもう少し考えるべきだったと思いますね。

─三本の矢がバラバラで、連動していなかったようにも見えます。

 そこは痛し痒しで、たとえば財務省が三本とも管轄するということにしたら、第一の矢さえまともに飛ばなかったでしょう。日本銀行が裁量的に動けたからこそ、第一の矢はここまでの規模になったはずです。

 ただ、三本の矢の非連動がもったいなかったことも事実で、少なくとも第一の矢の目的はその分で財政予算を節約するといった類いのものではなかったはずですね。

構成:柳瀬徹 

(『中央公論』2021年8月号より抜粋)

山形浩生(コンサルタント・翻訳家)
〔やまがたひろお〕
1964年東京生まれ。東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻修士課程、マサチューセッツ工科大学大学院不動産センター修士課程修了。科学、文化、経済、コンピューターなどの幅広い分野で翻訳・執筆活動を行っている。著書『新教養主義宣言』『訳者解説』『断言』『断言2』など。訳書にピケティ『21世紀の資本』、クルーグマン『クルーグマン教授の経済入門』、ハインドマン『デジタルエコノミーの罠』など。7月、著書『経済のトリセツ』が刊行。
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