東京五輪開催について説明責任を果たせなかったことが菅政権を退陣に追い込んだ 尾身茂

尾身 茂(新型コロナウイルス感染症対策分科会会長)/聞き手:牧原 出(東京大学先端科学技術研究センター教授)

五輪開催「普通ではない」の真相

牧原 東京五輪について尾身先生は6月2日、衆議院厚生労働委員会で「今の状況で(開催するのは)普通ではない」と発言されました。この時の危機感はどういうものだったのでしょうか。

尾身 日本政府および国際オリンピック委員会が、東京五輪を開催したいという強い意志があることは、我々は十分に知っていました。ただ、専門家として何度も強調したのは、夏休み、4連休(7月22~25日)、お盆が来て、人の流れが確実に多くなり、しかも、感染力が高い変異株「デルタ株」が流行しており、感染が拡大する危険性が高いということです。その上、東京五輪(7月23日~8月8日)が開催されたら、感染拡大のリスクがさらに高まり、医療が逼迫するという認識を我々は共有し、かなり議論を重ねていたのです。

 そのような背景から私は「普通ではない」と言いました。これはまさに本音でした。そこには、感染リスクが高くなる要因が重なっており、医療が逼迫する可能性が高いことが分かっているのに五輪を開催するというのなら、覚悟を決めて対策を取ってほしいという思いがありました。この発言は菅政権内の一部を怒らせたようですけれども、専門家として言うべきことは言ったので、全く後悔はしていません。「普通」という言葉を使ったのは私のアドリブだったかもしれないけれど、基本的な考え方は分科会で議論したものだからです。

牧原 アドリブと言えば、国際オリンピック委員会のトーマス・バッハ会長がパラリンピック開会式のために再来日した時に、尾身先生が「なんで来るのか。銀座も行ったでしょ」と言ったことが話題になりましたね。

尾身 あの質問は全く予定されていなかった。人間って面白いもので、突然聞かれると、つい本音が出ちゃいますよね。私は常々、組織のリーダーは他の人の立場、この場合は大変な状況に陥っている五輪主催国の国民感情を考慮するのが当然だと思っているからです。

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