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飯田泰之 円高待望論が招く危機

飯田泰之(明治大学教授)

資源・食料品価格上昇による世論の変化

 ロシア・ウクライナと、日本の経済的な結びつきは強固なものではない。対露輸出総額は0・9兆円、対露輸入総額も1・5兆円と、輸出総額83・0兆円、輸入総額84・5兆円(2021年)に対するシェアは1~2%に過ぎない。そして、ウクライナとの貿易規模は対ロシア貿易の10分の1にも満たない。そのため、パラジウムなどの希少金属や魚介類などを除くと、日本経済への影響はエネルギーやその価格を通じた間接的なものが中心になる。また、小麦等の食料品価格の上昇は、マクロ経済へのインパクトは小さくとも、政策決定に与える影響は無視できない点にも注意が必要だ。

 ウクライナ侵攻以降、国際的なエネルギー価格の上昇に拍車がかかったことは間違いない。しかし、その量的なインパクトは果たして正しくとらえられているだろうか。

 19年に1バレル50ドル後半を中心に推移していたWTI原油先物価格は20年4月20日に20ドルを割り込んだ(一時的にほぼ0ドルになっている)。その後、コロナショックへの各国の対応が進むにつれてその値を上げ、21年10月には80ドルに到達した。ロシアによる侵攻懸念の高まりを受けて、一時1バレル130ドル台まで急騰するが、4月14日現在、100ドル台前半と、2月時点と大きく変わらない水準となっている。侵攻後の急騰を除くと、現在の原油高は昨年来の上昇傾向から大きく外れたものではない。また、1バレル100ドルを超える価格は08年春から秋、さらに11年から14年にかけても断続的に経験した水準でもある。

 原因は何であれ、エネルギー輸入国である日本にとって、その価格高騰が望ましいものでないことは確かである。2月時点の企業物価指数上昇率は前年同月比9・7%と、1980年以来の高い伸びとなった。ガソリン小売価格もレギュラー1L当たり174円(4月11日現在)と高騰しており、元売りへの補助金を勘案すると、実勢価格は08年の過去最高値(185円)を超える水準に達していると考えられる。

 さらに、世界的な小麦の産地であるロシア・ウクライナが戦争の当事者となったことによって、小麦価格も急騰している。だが、小麦価格が日本の物価水準全体に与える影響はわずかだ。家計消費に占めるパンや麺、外食まで含めた広義の小麦関連支出でさえ消費支出の0・5%に満たない(総務省「家計調査」)。

 しかし、購入頻度の高いガソリンや食料品の価格上昇は「体感インフレ率」を上昇させる。ちなみに実際のインフレ率は、2月時点で生鮮食品やエネルギーまで含めた消費者物価指数(総合)で前年同月比0・9%の上昇、4月以降に昨年の携帯電話料金引き下げの影響が剥落しても1%台半ばほどの上昇率になると予想される。いかなる基準においても、この程度の物価上昇を「高率のインフレ」ということはできない。

 企業にとってのコスト高騰、家計の体感インフレ率の上昇という不安心理を受けて、最近では円高待望論、または円安悪玉論を目にすることが多くなってきた。折しも、消費者物価指数の上昇率が8%を超えた米国で金融政策の転換が行われたこともあり、3月はじめ以来、日本円は為替市場で大幅に値を下げた。昨年110円前後であった円ドルレートは128円台(4月20日現在)まで円安化している。

 コロナショックに加えてのウクライナ侵攻により、企業・家計の不安感は高まっている。そのなかで急速な円安が進んだことで、あたかも円安が現在の経済問題の大きな原因であるかのような錯覚がもたらされている。しかし、国内の食料品・エネルギー価格上昇の主因は円安ではない。

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