辻田真佐憲×三浦瑠麗 国のかたちに関わる歴史問題に対して、普遍的な立場に立てるのか

令和の国体
辻田真佐憲(近現代史研究者)×三浦瑠麗(国際政治学者)

まちがいの歴史戦

辻田 それでは、令和の日本像を占う具体的な議論に入りたいと思います。

歴史観の問題について、最近は「歴史戦」という言葉がよく使われます。たとえば、佐渡金山の世界遺産登録への推薦に韓国政府が反発を示している問題をめぐり、NHKの岩田明子記者が番組で「歴史戦」というパネルを作り解説するということがありました[★1]。2022127日のことですが、これがリベラル界隈で問題視されました。

 

この言葉は、もともと2013年に『正論』で「歴史戦争」という表現で使われたのが最初だと言われています。翌年には産経新聞本紙で「歴史戦」という特集が始まり、のちに書籍化もされました[★2]。そのオビに「朝日新聞、中国・韓国と日本はどう戦うか」とあるように、いかにも産経的なメディア・キャンペーンを表す言葉だった。それがあれよあれよという間に政権中枢や世間一般でも使われるようになった。

 

三浦 佐渡金山の問題にかぎらず、慰安婦や徴用工の議論についても、歴史問題はすべて普遍的な立場から扱うべきだと考えます。たとえば日本人でも、芸妓に売られたつもりでいたらいきなり慰安婦にされたケースがある。むろん、そこで娼妓として売られること自体の是非を問う議論はありえます。また、自由意志で娼妓になったとしても、その労働環境は別に考えるべきです。けれども、いずれにしてもそれらは現代にも通ずる話で、人権問題や女性問題のような普遍的な枠組みで語りうるはずです。

 

そもそも私は、なぜ一部の人々が、過去の人々の過ちについて、まるで自分が言われたかのように感じて反撃しているのかがわからないんですね。歴史を政治の戦場にしてしまうと、ゼロか百かという極論しかなくなってしまう。韓国の言い分にしても、正しい部分とまちがっている部分のコンビネーションとしてあるはずです。相手の言い分の誤っている部分だけを取り上げる態度でのぞめば、それはすべての主張を退けることもできるでしょう。でもそれは建設的ではありません。

 

辻田 韓国にもまちがいはあるというご指摘は重要です。リベラルでその立場をとっているひとは少ない。彼らの理解では、韓国が正しいことを言っているのに日本が虚偽の歴史戦を仕掛けているということになっている。逆に保守は、それがたんに逆転した認識を持っている。

 

三浦 わたしがやっている「日本人価値観調査」から見えるのは、韓国が2017年に慰安婦合意を覆したことによって「韓国に歴史問題で妥協すべきではない」というひとの割合が党派を超えて優勢になったことです[★3]。そのせいで、韓国に妥協すべきではないという政治的な議論と、彼らは正しいこともまちがったことも言っているという歴史的に客観的な議論が両立できなくなってしまった。

 

辻田 問題は、そのような態度ではいつまでたっても国家同士のコミュニケーションが成立しないということです。歴史戦という捉え方の根底にある発想は、「声がでかいやつが勝つ」というものです。できるだけお金を投入して宣伝合戦をし、相手を圧倒すべきというわけです。しかし、それではいつまでたっても争いは続く。どこの国のあいだでも歴史観の齟齬はあります。中国と韓国のあいだにだって、高句麗をどちらの王朝とみなすかという論争がある。外交の争いは、唯一の正しさを取り合うのではなく、お互いにまちがいがあるなかでどう調整していくかという方向に進まなければなりません。

 

1 当該番組では、「政府の歴史認識に基づいて歴史的な事実を集めて検証を進め、国際社会の理解を得るための戦略を練る」という目的で官邸内に「歴史戦チーム」が作られたと、イラストとともに解説された。「世界遺産は『歴史戦』の戦場なのか 日韓が対立する佐渡金山」、「毎日新聞デジタル」、2022年。URL= https://mainichi.jp/articles/20220204/k00/00m/040/074000c

2 産経新聞社『歴史戦──朝日新聞が世界にまいた「慰安婦」の嘘を討つ』、産経新聞出版、2014年。

3 「日本人価値観調査2022」、「山猫総合研究所」、2022年。URL=

https://yamaneko.co.jp/news/2022-reports-research2022-6-13/

※本対談は、2022217日にゲンロンカフェで行われた公開対談「令和の国体とはなにか――『防衛省の研究』から考える天皇と自衛隊」を編集・改稿したものである。

ゲンロン13

編集長:東浩紀

東浩紀が編集長を務める批評誌『ゲンロン』の最新号。今号では梶谷懐氏、山本龍彦氏、東浩紀による監視社会と民主主義をめぐる座談会、また、歴史・天皇・安全保障をめぐる三浦瑠麗氏と辻田真佐憲氏による対談、東の論考「訂正可能性の哲学2」を収録。さらに小特集「ロシア的なものとその運命」では、乗松亨平氏、平松潤奈氏、松下隆志氏、鴻野わか菜氏、本田晃子氏、東浩紀、上田洋子の座談会などを掲載。ほかにも大山顕氏の論考、鴻池朋子氏のエッセイ、やなぎみわ氏の特別寄稿などを収め、充実の内容でお届けします。

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辻田真佐憲(近現代史研究者)×三浦瑠麗(国際政治学者)
◆辻田真佐憲(つじたまさのり)
1984年、大阪府生まれ。評論家・近現代史研究者。慶應義塾大学文学部卒業、同大学院文学研究科中退。政治と文化芸術の関係を主なテーマに、著述、調査、評論、レビュー、インタビューなどを幅広く手がけている。単著に『防衛省の研究』(朝日新書)、『文部省の研究』(文春新書)、『天皇のお言葉』『大本営発表』(幻冬舎新書)など。軍事史学会正会員、日本文藝家協会会員。

◆三浦瑠麗(みうらるり)
1980年10月神奈川県茅ケ崎市生まれ。 内政が外交に及ぼす影響の研究など、国際政治理論と比較政治が専門。東京大学大学院法学政治学研究科総合法政専攻博士課程修了、博士(法学)。 東京大学大学院公共政策大学院専門修士課程修了、東京大学農学部卒業。日本学術振興会特別研究員、東京大学政策ビジョン研究センター講師などを経て2019年より株式会社山猫総合研究所代表。
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